2008年04月30日

ヘンシェル弦楽四重奏団 & ライプチヒ弦楽四重奏団

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月22日放送分]

ヘンシェル弦楽四重奏団 & ライプチヒ弦楽四重奏団

<プログラム1>

  ヘンシェル弦楽四重奏団
    バイオリン クリストフ・ヘンシェル
    バイオリン マルクス・ヘンシェル
    ビオラ   モニカ・ヘンシェル・シュヴィント
    チェロ   マティアス・バイアー・カルツホイ

(演奏曲目)

  ハイドン 弦楽四重奏曲 ト短調 作品74 第3「騎手」

(会場)

  第一生命ホール
 (2007年11月21日収録)

<プログラム2>

  ライプチヒ弦楽四重奏団
    バイオリン アンドレアス・ザイデル
    バイオリン ティルマン・ビュニング
    ビオラ   イーヴォ・バウアー
    チェロ   マティアス・モースドルフ

(演奏曲目)

  ハイドン 弦楽四重奏曲 ニ長調 作品64 第5「ひばり」
  ドボルザーク 弦楽四重奏曲 ヘ長調 作品96「アメリカ」から
            第3楽章、第4楽章

(会場)

  トッパンホール
 (2007年11月4日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、NHKの「クラシック倶楽部」のアラカルトから、ヘンシェル弦楽四重奏団とライプチヒ弦楽四重奏団の演奏を取り上げます。

プログラムの1と2を見ますと、どちらもハイドンの作品を演奏するので、2つのカルテットの特徴がはっきりと出てきそうな気がして興味が持てました。

ヘンシェル・カルテットもライプチヒ・カルテットもメンバーの構成では申し分のないところですから、どのようにアンサンブルに違いがあるのか聴いてみたいと思いました。

まず、ヘンシェル・カルテットが演奏するのは弦楽四重奏曲作品74第3の「騎手」です。

第1楽章は「騎手」を思わせる馬のギャロップのような旋律ですが、ヘンシェルの演奏は明るいのですが意外と線が細いハーモニーになっていました。

第2楽章は、馬が疲れて休んでいるような、周りの景色が全然動かないような旋律の連続で、馬ならずとも聴く者の眠りを誘います。

ヘンシェルの音色の軽さと、線の細さが一段と目立ち、作品が悪いのか演奏が悪いのか区別はつきかねますが、なんでこんなにつまらない退屈な曲なんだろう、と思ってしまいました。

第3楽章になっても、お決まりの3拍子のさえない旋律が何の変化もなく演奏されます。

ハイドンの作品を演奏するのは、モーツアルト以上に難しいのだということを思い知らされたように感じました。

第4楽章でテンポが上がり、馬の早足のような旋律が再現されますが、時すでに遅く、第1バイオリンが歯切れの悪い音階練習をやっているようでした。

ヘンシェル・カルテットは1988年に結成されて以来、数々のオーディションで素晴らしい実績を上げてきているユニットですから、こんな演奏はめったにしないのではないかと考えます。

ハイドンの作品を演奏して面白く聴かせることの難しさを目の当たりにしてしまったように思いました。

つぎは、ライプチヒ・カルテットが演奏する弦楽四重奏曲作品64第5の「ひばり」です。

第1楽章は「ひばり」が囀りまわるような旋律で始まりました。

ライプチヒは素晴らしくバランスのとれた音色を聴かしてくれました。

「これがハイドンの音か?」と言われると私にはよく分かりませんが、とにかくふくよかで厚みのあるアンサンブルなのです。

この前にヘンシェルを聴いてしまっているので余計にそのように思えたのかも知れません。

第2楽章になっても、第1バイオリンの奏でる旋律の音の輪郭がはっきりしていて本当に美しいのです。

もちろん下支えになる他の楽器も旋律に厚みを加えていきます。

第3楽章は3拍子のロンド風の旋律になりますが、ライプチヒはアクセントをつけながら楽しく聴かせました。

第4楽章になり速いパッセージが続きますが、第1バイオリンがここでも素晴らしいテクニックを見せます。

また、厚みのあるアンサンブルの音色は透明感を持っていて、ダイナミックなカルテットの演奏になっていました。

個人的な感想を言わせていただくなら、絶対にライプチヒ・カルテットのハイドンの方が好きですし、音楽的にも優れていたのではないかと思います。

しかし、これはあくまでもテレビというメディアを通しての比較でしかありません。

会場にいた聴衆のみなさんが直に聴いた演奏はきっと違っていたのではないかと思います。

その要素の一つとして、ヘンシェル・カルテットの楽器配置は、第1バイオリン〜第2バイオリン〜ビオラ〜チェロとなっており、NHKのマイク設定が3本で行われていました。

一方、ライプチヒ・カルテットの方は、第1バイオリン〜第2バイオリン〜チェロ〜ビオラという配置になっており、NHKのマイク設定は2本で行われていました。

ヘンシェルの3本のマイクというのは、ミキシングが複雑になり、2本のライプチヒより不自然さがあったのではないかと思います。

ヘンシェル・カルテットの線の細いハーモニーというのは、メディアに流れた音を作ったメカニズムの違いからきているのかも知れません。

本日の「クラシック倶楽部」では、ハイドンの作品は演奏が難しいということを教えられると共に、メディアを通して聴く音楽には限界があるのかも知れないと感じさせられました。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月28日

野平一郎 & ジャン・イヴ・ティボーデ

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月21日放送分]

野平 一郎 & ジャン・イヴ・ティボーデ

<プログラム1>

  ピアノ 野平 一郎

(演奏曲目)

  シューマン クライスレリアーナ 作品16 から
           第1曲、第4曲、第5曲
           第6曲、第7曲、第8曲

(会場)

  東京文化会館 小ホール
  (2007年5月24日収録)

<プログラム2>

  ピアノ ジャン・イヴ・ティボーデ

(演奏曲目)

  シューマン 交響的練習曲 作品13

(会場)

  紀尾井ホール
  (2007年9月11日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、NHKの「クラシック倶楽部」のアラカルトから、野平一郎とジャン・イヴ・ティボーデの2人のピアニストがそれぞれシューマンの作品を演奏するという企画になっています。

さて、野平一郎と言えば、ジャン・ギアン・ケラスのベートーベンのチェロ・ソナタの演奏で共演して、その確かなベートーベン解釈によりケラスのチェロを一段と引き立たせていたのを思い出します。

野平のピアノは音色に特徴があり、もしもケラスのチェロがあれほどまでにダイナミックに響かなければ、野平のピアノに負けてしまっていたのではないか、と思ったほどでした。

野平がソロを演じたときにはどんなふうになるのかということは、とても興味のあったことなので、今回のシューマンの演奏は野平を知る上で又とないチャンスではないかと思います。

ところで、野平の演奏するシューマンの「クライスレリアーナ」は1838年に作曲された8曲からなるピアノ曲集ですが、作家であったホフマンの書いた音楽評論集の題名が引用されているということです。

シューマンからショパンに献呈されたのですが、酷評を受けたという逸話も残っているようです。

クライスレリアーナには、シューマン独特の登場人物に役割を与えて全曲を一貫するモチーフや曲想を配置するような作曲法が織り込まれているということで、聴く者にとっては難しい作品なのかなと感じていましたが、野平が演奏を始めるとそんなことはどうでも良くなってしまいました。

NHKの編集で、8曲のうち第2,3曲はカットされていましたが、野平の演奏は1曲ごとに情景描写をつけているようで、カットされたことなどには関係なく、1曲1曲がそれだけでとても美しいのです。

野平のピアノタッチから生まれる透き通った繊細で粒ぞろいの音色は、往年のバックハウスのピアノの音色に近く、本当に“魂の入ったピアノの音色”と言うべきかもしれません。

野平は作曲家でもあるということもあって、シューマンの旋律に自分のモチーフを重ね合わせていたのではないでしょうか。

第1曲:岩にぶつかりながら流れ続ける谷川のように。第4曲:静かな沼の水面に雪が降っている風景。第5曲:寒い冬が終わり、春の気配を感じる沼で、カエルや虫たちが活発に動き回る。第6曲:夕暮れになって、生き物たちが巣に帰り静かになった情景。第7曲:夜明けになって動物たちが目覚め、リスたちが追いかけっこをしている。第8曲:やがて人間たちも目覚め、子供たちは遊びまわり、大人たちの生活の営みも始まる。

野平のピアノの音色はますます美しく、シューマンの作品があたかもその後の印象派のモチーフによって表現されているように思えてしまいます。

クライスレリアーナはどのような解釈で聴かねばならぬ、などという気持ちは野平のピアノ演奏によってすっかり昇華されてしまって、素晴らしい音楽体験の世界に入ってしまいました。

野平は、日本のピアニストの中でも円熟期を迎えた貴重な演奏家の一人であると思いました。

さて次は、ジャン・イヴ・ティボーデが演奏するシューマンです。

ティボーデはフランスのリヨン出身のピアニストで12歳のときパリ音楽院に進んで3年後にはパリ音楽院の首席になったということです。

その後、18歳でニューヨーク青年音楽家オーディションを制覇し、現在はアメリカで活動していて、クラシックから現代音楽までを演奏する一方、ジャズやポップスの領域にも演奏活動を広めているそうです。

金髪で端正な容姿のティボーデはデザイナーズ・ブランドでしょうか、とてもお洒落な衣装を着て登場しました。

シューマンの交響的練習曲は版がいくつかあるようですが、ティボーデは、主題+12の練習曲+5つの遺作変奏曲、の全18曲を演奏しましたので、1890年にブラームスが校訂を加えた第3版によっていたものと思います。

ティボーデによって演奏された遺作は、練1〜遺作1〜練2、練5〜遺作3〜練6〜遺作2〜練7、練9〜遺作4〜練10、練11〜遺作5〜練12のような順序になっていました。

ティボーデは外見が派手に見えるので、かなり派手な演奏になるのかなと思っていましたが、演奏が始まると全く予想が外れました。

ティボーデの交響的練習曲は、5曲の遺作変奏曲を配置するところから綿密に計算しつくされていて、堅実で本当に細かいところまで神経が行き届いた演奏をしました。

特に1曲ごとにペダルの使い方が吟味されていて、変奏の姿自体が面白い上にさらにペダル操作で変化をつけているところは、実に見事としか言いようがありません。

そういう意味では、シューマンが考えていた音楽づくりを、ティボーデの演奏がさらに発展させていたように思え、まさにティボーデの交響的練習曲になっていたと感じてしまいました。

これは、ティボーデのレパートリーとジャンルの広さから創造された、現代のシューマンの音楽ではなかったかと思います。

本日の「クラシック倶楽部」では、野平一郎という円熟期に達したピアニストのシューマンの演奏と、ジャン・イヴ・ティボーデという堅実で幅の広いピアニストのシューマンの演奏を聴き比べることができて、とても興味深いものがありました。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月25日

イム・ドンミン & ラファウ・ブレハッチ

クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月18日放送分]

イム・ドンミン & ラファウ・ブレハッチ

<プログラム1>

  ピアノ イム・ドンミン

(演奏曲目)

  シューベルト 4つ即興曲D.899

(会場)

  日本大学カザルスホール
  (2006年11月29日収録)

<プログラム2>

  ピアノ ラファウ・ブレハッチ

(演奏曲目)

  ショパン バラード 第3番 変イ長調 作品47
         幻想ポロネーズ 変イ長調 作品61
         ワルツ ヘ長調 作品34 第3

(会場)

  東京オペラシティ コンサートホール
  (2006年11月24日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、NHKの「クラシック倶楽部」がクラシック・アラカルトと称して企画した、イム・ドンミンのピアノ・リサイタルとラファウ・ブレハッチのピアノ・リサイタルの2本立てです。

イム・ドンミンとラファウ・ブレハッチのプロフィールを見ると、二人共若手ピアニストの部類に属するのですが、これまでの道のりはだいぶ違うようです。

イム・ドンミンは1980年生まれ、韓国出身で、10歳代前半で韓国国内の3つの名門コンクールを制覇し、14歳でモスクワに移り国際的舞台に活動範囲を広げるため研鑽を積んだようです。

彼のオーディション歴は、1996年:第2回青少年のためのショパン国際コンクールで優勝、1998年:第11回チャイコフスキー国際コンクールでセミ・ファイナリスト、2000年:ヴィオッティ国際コンクールで3位、2001年:ブゾーニ国際コンクールで3位、2002年:再び第12回チャイコフスキー国際コンクールで5位、2004年:第56回プラハの春国際コンクールで2位、2005年:第15回ショパン国際ピアノ・コンクールで3位、という堂々たるものです。

それでも国際的な初舞台は、2004年のプラハの春国際コンクールの後で、24歳の時にロンドンで初リサイタルを行っています。

クラシック音楽界の舞台裏などについては詳しくありませんが、イム・ドンミンのオーディション歴を見ると、一般的サラリーマンの世界では相当な苦労人に相当するのではないでしょうか。

また、日本人も含めて、東洋人が西洋音楽の世界にデビューするのは本当に大変なことだということを思い知らされます。

したがって、イム・ドンミンのピアノ演奏には、どちらかというと筋金入りの職人魂のようなものがあるのではないか、と聴く前に感じてしまいました。

一方、ラファウ・ブレハッチはというと、1985年生まれ、ポーランド出身で、オーディション歴の主なものとしては、1999年:青少年のためのポーランド・ショパンコンクールで2位、2002年:A・ルービンシュタイン国際青少年ピアノ・コンクールで2位、2004年:第5回浜松国際ピアノ・コンクールで2位、2005年:モロッコ国際ピアノ・コンクールで優勝、同じく2005年:第15回ショパン国際ピアノ・コンクールで3部門完全制覇して優勝、という輝かしいものです。

ラファウ・ブレハッチもオーディション歴はかなりあるものの、レールが自然に敷かれていて、いつの間にか最高峰に達していたようなところがあり、どちらかというと坊ちゃん派のように感じてしまいました。

このように、やや対照的な二人の演奏が聴けるということは非常に興味深いことです。

まず、ドンミンがシューベルトの4つの即興曲作品90を演奏します。

シューベルトは才能とは裏腹に、生活的にはあまり恵まれた状況ではなかったようで、作曲家仲間では苦労人で職人肌の部類に入るのではないかと思いますが、何かドンミンと符合するところがあるような気がしてしまいます。

ドンミンの演奏は、彼の人間性を反映するかのように、聴く者を包み込んでくれる包容力を持っています。

それでいて、自分の音楽を押し付けるというわけではないのですが、自己主張的です。

ドンミンのピアノ演奏はペダル操作の巧みさに特徴があると思います。

音の一つひとつをはっきりと浮き立たせるために、無駄なペダル操作をしません。

ですから、聴いていて旋律がとても気持ちがよく伝わってくるのです。

次の機会には、ドンミンのバッハをピアノで聴いてみたいと感じてしまいました。

さて次は、ブレハッチがショパンの小品を演奏します。

ポーランド出身でショパン国際コンクールを制覇した20歳のピアニストは、まさにセンセーショナルです。

しばし瞑想の後、バラード第3番の演奏を始めました。

一本一本の指先に腕の重みを乗せるようなピアノタッチはとても明るく軽快な音色を出します。

幻想ポロネーズでは、重い導入部で厚みのある音色が欲しいところですが、やはり軽い音色で響いてしまうようです。

ブレハッチのショパンは、さすがに聴いていてとても華やかで軽快に響きショパンにふさわしい音色だと思いました。

また、ブレハッチの若々しさが良く生かされていて、清々しい音楽性が表現されていたと思います。

暗く重々しい表現については賛否両論あるかも知れませんから、今後のブレハッチの音楽づくりに委ねたいと思います。

本日の「クラシック倶楽部」では、若手のアーティストの中でも、やや対照的な”職人派イム・ドンミン”と”坊っちゃん派ラファウ・ブレハッチ”という2人のピアニストを聴き比べることができて、とても興味深いものがありました。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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アルカント・カルテット

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月17日放送分]

アルカント・カルテット

   バイオリン  アンティエ・ワイハート
   バイオリン  ダニエル・ゼペク
   ビオラ    タベア・ツィンマーマン
   チェロ    ジャン・ギアン・ケラス

(演奏曲目)

  ブラームス 弦楽四重奏曲 第1番 ハ短調 作品51 第1

(会場)

  王子ホール
  (2006年11月22日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、NHKの「クラシック倶楽部」のクラシック・アラカルトからアルカント・カルテットのブラームスの弦楽四重奏曲第1番の演奏をとりあげます。

アルカント・カルテットは、日本でも根強いファン層を持つ、ジャン・ギアン・ケラスが名ビオラ奏者のタベア・ツィマーマンと共に2002年に結成したもので、バイオリンにはすでに彼らと共演経験を持つ、アンティエ・ワイトハースとダニエル・ゼペクが迎えられていて、強力なユニットとして高く評価されています。

“アルカント”という名前の由来は、イタリア語の“アルコ(弓)”と“カント(歌)”を組み合わせた造語だそうです。

また、ブラームスの弦楽四重奏曲第1番は、1873年に第2番と一緒に発表されました。

ブラームスは、その2年後に弦楽四重奏曲の第3番を発表してから、その後弦楽四重奏曲を作っておらず、ベートーベンが16曲の弦楽四重奏曲を作曲したことと比べると、たった3曲というのは少ないように思われます。

しかしながら、弦楽四重奏曲第1番の発表時期にはブラームスは40歳になっており、このすぐ後には交響曲第1番が20年以上の歳月をかけて発表されていることを考えると、この曲はブラームスの作曲活動の中で重要な部分に位置しているのではないかと思います。

さて、アルカント・カルテットが第1楽章を演奏し始めます。

何か、ブラームス特有の不安な旋律が、これから起きる苦悩の人生を予感させるように流れます。

自分はベートーベンのように簡単に作曲できるタイプではないのだ、と言っているようにも聞こえます。

第2楽章に入ると、ケラスのチェロが導入部の旋律を演奏して、それに全体のパートが乗るように、ロマンティックな音楽の世界が展開していきます。

このようにロマンティックな旋律が、静かに歌っているような情景を作り出せるのは、アルカントのメンバーがお互いに相手を見つめ合いながら、旋律の受け渡しを丁寧にしていたからではないかと思います。

第3楽章では、またブラームスの不安が現れます。

ブラームスが不安を抱えながら何かに向かって急ぎ足で歩いているような旋律が流れます。

途中でいきなり歩調を乱すような3拍子が現れて、ブラームスの行く手の障害物となります。

ブラームスは、それを避けるようにしてまた急ぎ足で歩きます。

どうも、ブラームスの心の中には、いつもベートーベンの音楽というものがあって、ブラームスの創作活動に影響を与え続けたようです。

しかし、第4楽章ではブラームスが開き直って、「これが僕の音楽さ!」と言っているようでした。

全パートが全弓を使ってダイナミックに作り出すハーモニーの見事さには、思わず感動してしまいました。

アルカントのメンバーの一人一人が、終始怒涛のような旋律の中で、調和を保ちながら自己主張をし、濁りのないはっきりとした輪郭を作っていました。

やはりこれだけの弾き手が揃うと、純正律的な和声が自然に生まれてくるのかも知れません。

ブラームスの弦楽四重奏曲を1曲聴いただけですが、アルカント・カルテットのアンサンブルの素晴らしさが、現代のトップをいくものだということを実感しました。

特に、チェロのケラスの下支えにより、アンサンブル全体の骨太でかつ繊細な感覚が映し出されていくところには感心させられました。

本日の「クラシック倶楽部」では、アルカント・カルテットの演奏は1曲でしたが、違う作品がこのユニットによってどのように表現されるのか、是非聴いてみたいと思いました。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月23日

アリーナ・イブラギモヴァ & ソル・ガベッタ

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月16日放送分]

アリーナ・イブラギモヴァ & ソル・ガベッタ

<プログラム1>

  バイオリン アリーナ・イブラギモヴァ

(演奏曲目)

  バッハ 無伴奏バイオリン・パルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004

(会場)

  武蔵野市民文化会館
  (2005年10月21日収録)

<プログラム2>

  チェロ ソル・ガベッタ
  ピアノ ヘンリ・シーグフリードソン

(演奏曲目)

  ベートーベン チェロ・ソナタ 第5番 ニ長調 作品102 第2
  チャイコフスキー ノクターン 作品19 第4(フィツェンハーゲン編)

(会場)

  武蔵野市民文化会館
  (2005年11月17日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、NHKの「クラシック倶楽部」がクラシック・アラカルトと称して企画した、アリーナ・イブラギモヴァのバイオリン・リサイタルとソル・ガベッタのチェロ・リサイタルの2本立てです。

まず、アリーナ・イブラギモヴァについては、すでにこのブログにも登場しており、イザイの無伴奏バイオリン・ソナタ第4番とバッハの無伴奏バイオリン・パルティータ第3番及びバルトークの無伴奏バイオリン・ソナタの3つの大曲を演奏しています。

今回のバッハの無伴奏バイオリン・パルティータ第2番は同じ日に演奏されたもので、放送時間の関係で前回の番組に入りきらなかった1曲のようです。

前回のブログでも書きましたが、イブラギモヴァの最大の特徴はボーイングが滑らかで本当にきれいなことです。

そのボーイングによって作り出されるバイオリンの音色はとても明るく、これぞイタリアトーンと思わせるものです。

番組の編集の関係で、イブラギモヴァがバッハの無伴奏バイオリン・パルティータ第2番だけを演奏することになったのは、聴く側にとってみるとイブラギモヴァをもっと深く理解する上で幸運なことであると思います。

さて、イブラギモヴァが無伴奏パルティータ第2番を弾き始めます。

アルマンド〜クラント〜サラバンドへとやや速めのテンポで進みますが、この若きバイオリニストは丁寧なボーイングで、できるだけバイオリンの弦から弓を離さないように弾いていきます。

バロック時代の譜面には、どこをどのように演奏するというような細かい指示はほとんど書きこまれていないのですから、この曲も演奏者によっていろいろな弾き方がされて当然です。

イブラギモヴァの演奏を聴いていると、現代弓を使っていながら古い時代のバロック弓を意識しているように感じました。

4曲目のジーグは速いテンポで、イブラギモヴァの若さが最も表現されても良いところですが、やはり弦から弓が離れないようなボーイングで、弾むところがなく、古典的旋律と音色を作っていたように思います。

このような奏法を自分なりに取り入れてバッハを聴かせようとする、恐るべき20歳です。

シャコンヌに入ると、イブラギモヴァの弦に弓を密着させて演奏する奏法は、聴衆を圧倒するほどに威力を発揮します。

第1部のクライマックスに当たるアルペジオの部分では、弦に密着した弓がアップ〜ダウンするボーイングにより、今まであまり聴いたことのない迫力のある美しい旋律が湧きだすように響き渡り、思わず感動してしまいました。

イブラギモヴァのもう一つの特徴は、曲の入りにテンポを決めたらその後はテンポを崩すことなく弾き続けていくというところです。

ですから、一つ間違えるとあたかも練習曲を演奏しているように聴こえてしまう危険性があります。

シャコンヌでは、いくつものフレーズが次々と現れて、旋律が変化していくところに面白味があるのですが、イブラギモヴァはフレーズとフレーズの継ぎ目でも“間(ま)”をとることがほとんどなく、曲全体にゆったり感というものが少し足りなかったように感じました。

逆に考えれば、聴衆はイブラギモヴァのダイナミックなボーイングから生まれてくる澄んだ純正律音階的和声に酔いしれて、息をつく“間”がないほど素晴らしい音楽の世界に導かれていたということなのかもしれません。

イブラギモヴァのバッハの演奏を1曲だけ聴くことによって、ますます彼女の技術的完成度の高さと、持って生まれた音楽性というものに強く感動を覚えました。

さて次は、ソル・ガベッタがベートーベンのチェロ・ソナタ第5番を演奏します。

ソル・ガベッタについては、アルゼンチン生まれのまだ20歳代前半という若さで、これからの活躍が期待されているチェリストの一人であるというテロップ説明がありました。

また、ベートーベンのチェロ・ソナタ第5番は、5曲作曲されたチェロ・ソナタの最後のもので1815年の作品であるとテロップ説明がありました。

ガベッタはやや小柄で、細い身体に白いドレスを着て登場しました。

ピアノのヘンリ・シーグフリードソンが立派な体格をしているので対照的でした。

第1楽章は、勇壮で速いテンポから始まります。

この時期のベートーベンは、難聴などによりかなり苦しい時期だったにもかかわらず、生き生きとした旋律が現れます。

ガベッタのチェロは少し細めですが透き通った音色を出します。

第2楽章になると、ゆっくりとしたベートーベンの苦悩というような旋律になります。

晩年にさしかかったベートーベンが自分はそもそもどこから生まれ出てきたのかと、問いかけているようです。

そして第3楽章になると、軽快なフーガ形式の旋律が現れます。

ここでは、チェロのガベッタとピアノのシーグフリードソンが端正な旋律の駆け引きを見事にやって見せます。

ガベッタは、全身を使ってチェロを弾き、躍動感のある旋律を奏でます。

何故か、この楽章はベートーベンが天上への階段を昇りながら救いの道を探しているようです。

ガベッタは、ベートーベンの後期の作品を瑞々しい若さの中で咀嚼して、楽しそうに演奏していたと思います。

ガベッタの演奏をあまり聴いたことがないので、この1曲をもって彼女の音楽性を云々することなどできませんが、確かなテクニックを持った演奏家だと思いました。

ガベッタはこの後、チャイコフスキーのノクターン作品19第4(アンコール?)を演奏しましたが、子守歌のように優しく聞こえてきました。

本日の「クラシック倶楽部」は、若手のアーティストとしてこれからのますますの成長が期待できるアリーナ・イブラギモヴァのバイオリンとソル・ガベッタのチェロの演奏を聴き、クラシック界の人材の層の厚さを改めて感じることができました。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月22日

庄司紗矢香 & ライナー・ホーネック

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月15日放送分]

庄司 紗矢香 & ライナー・ホーネック バイオリン・リサイタル

<プログラム1>

  バイオリン 庄司 紗矢香
  ピアノ   イタマール・ゴラン

(演奏曲目)

  ショスタコーヴィチ バイオリン・ソナタ 作品134から
               第1楽章、第3楽章
  シューマン ロマンス イ長調 作品94第2

(会場)

  サントリーホール
  (2005年11月29日収録)

<プログラム2>

  バイオリン ライナー・ホーネック
  ピアノ   野平 一郎

(演奏曲目)

  リヒャルト・シュトラウス バイオリン・ソナタ 変ホ長調 作品18から
                  第1楽章、第3楽章

(会場)

  浜離宮朝日ホール
  (2005年9月29日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、NHKの「クラシック倶楽部」がクラシック・アラカルトと称して企画した、庄司紗矢香とライナー・ホーネックの2つのバイオリン・リサイタルです。

まず、<プログラム1>の1曲目は庄司紗矢香がショスタコーヴィチのバイオリン・ソナタ作品134を演奏します。

この曲は、1969年にショスタコーヴィチがオイストラフの60歳の誕生日を祝って作曲し、高度なテクニックが要求される難曲で、初演の時のピアノパートはリヒテルが担当して共演されたとテロップ説明がありました。

庄司は、サーモンピンクと上半身に花模様の刺繍がしてある薄いパフスリーブのドレスを重ね着して舞台に登場し、本当に華のあるバイオリニストに成長していることを予感させます。

庄司が第1楽章を弾き始めますが、オイストラフの誕生日に献呈された曲にしては、全体的に随分と暗い曲です。

ショスタコーヴィチもオイストラフも旧ソ連の時代の独裁体制というものに一抹の不安を持ちつつ共感していたのかも知れません。

第2楽章がNHKによりカットされていて、いきなり第3楽章になりました。

第3楽章は、ソ連の体制が何か強い力によって大きく変革することを予言するような鋭い旋律が現れます。

ショスタコーヴィチは、やがてペレストロイカのような動きがあってソ連邦が崩壊することを感じていたのかも知れません。

イタマール・ゴランの迫力あるピアノ・ソロと、それに続く庄司のダイナミックなバイオリン・ソロは、まさに来るべき新しいソ連を熱望する叫びのように聞こえてきます。

しかし、現体制下での現実に目を向けるとき、ショスタコーヴィチは自らの立場をも含めて、すべてを肯定して曲を終わらせなければなりませんでした。

演奏が終わるとともに舞台の照明はすべて落とされ、ホール全体が真っ暗になります。

象徴的な舞台演出が加わり、ショスタコーヴィチの作品を一段と厚みのある音楽にしていたのではないでしょうか。

庄司の2曲目はシューマンのロマンス作品94でしたが、何故こんなところに挟み込むような編集をしたのか、NHKのセンスに疑念を抱いてしまいました。

きっと、あまりにもシリアスなショスタコーヴィチの作品の後のお口直しとでも思ったのでしょうか。

ショスタコーヴィチだけで止めておく方が絶対に良かったと思います。

これは庄司の演奏のせいではありませんので、NHKに猛省をお願いすることにしましょう。

次の<プログラム2>は、ライナー・ホーネックがリヒャルト・シュトラウスのバイオリン・ソナタ作品18を演奏します。

ホーネックは、1961年オーストリア生まれで、92年からはウイーン・フィルハーモニーのコンサートマスターとなり、室内楽の分野でも活躍している、とテロップ紹介がされていました。

また、リヒャルト・シュトラウスのバイオリン・ソナタについても、24歳の時に作曲された唯一のバイオリン・ソナタで、色彩感覚に富んでいて、この後の作品に対する作曲者の一方ならぬ片鱗を示すものである、とテロップ説明がされていました。

第1楽章は、40代半ばに差しかかろうとしているホーネックが、若き日のシュトラウスにふさわしく、ロマンティックで活気に満ちあふれた旋律を作り上げていました。

この曲も第2楽章がNHKによって編集カットされ、第3楽章になります。

第3楽章は、野平一郎のピアノが際立って素晴らしく、ホーネックのバイオリンと会話を進めていくように聴こえます。

ある時にはピアノがバイオリンを先導するようなところもあり、野平のピアノは鮮烈に冴えわたっていました。

ホーネックのバイオリンは決して派手ではないのですが、旋律が澄んでいて包容力に富んでいる名演であったと思います。

さて、本日の「クラシック倶楽部」では、庄司紗矢香とライナー・ホーネックという若手と円熟期に入った2人のバイオリニストを取り上げていましたが、庄司の華に対して、ホーネックの堅実という対照的な演奏が印象に残りました。

ここでNHKに注文を一つ付けておきたいと思います。

ショスタコーヴィチもシュトラウスも、NHKの編集という名のもとに第2楽章をカットして放映されていたことについてです。

54分間という時間を大事にするあまり、演奏作品の途中をカットしてしまう場合は極めて慎重な選択をしていただきたいと思います。

作曲家の作品は、いわば“生もの”です。

演奏家は、時と空間を経たその“生もの”を如何に生き生きと表現するかという努力をしているはずです。

本日のNHKの編集の仕方は、生きて泳いでいる鯛を、三枚に仕上げて、身の部分だけを刺身にして出しているようで、せっかくの演奏家の努力を台無しにしているように感じてしまいます。

これは、作曲家にとっても演奏家にとっても気の毒で不幸なことです。

「クラシック倶楽部」がこれからも視聴者に質の良い企画をしていくよう猛省をお願いします。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月20日

シプリアン・カツァリス & タチャーナ・シェバノワ

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月14日放送分]

シプリアン・カツァリス & タチャーナ・シェバノワ ピアノ・リサイタル

<プログラム1>

シプリアン・カツァリス

(演奏曲目)

  グリーク:
    叙情小曲集 第3集、第5集 から
      孤独なさすらい人 作品43 第2
      スケルツォ 作品54 第5
      夜想曲 作品54 第4
      春に 作品46 第6
      こびとの行進 作品54 第3
  シューマン:
    こどもの情景 から
      トロイメライ 作品15 第7
    ロマンス 作品28 第2

(会場)
  浜離宮朝日ホール
  (2006年10月18日収録)

<プログラム2>

タチャーナ・シェバノワ

(演奏曲目)

  ショパン:
    バラード 第4番 ヘ短調 作品52
    幻想即興曲 作品66
    子犬のワルツ 作品64 第1
    エチュード 変ト長調 作品10 第5「黒鍵」
    スケルツォ 第1番 ロ短調 作品20

(会場)

  東京オペラシティコンサートホール
  (2005年11月20日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、NHKの「クラシック倶楽部」がクラシック・アラカルトと称して企画した、シプリアン・カツァリスとタチャーナ・シェバノワの2つのピアノ・リサイタルです。

まず、<プログラム1>はシプリアン・カツァリスのピアノ演奏です。

若手ピアニストの活躍が著しいこの頃ですが、カツァリスは既に50歳代半ばになってしまって、過去にセンセーショナルであったピアニストの一人と思ってしまうほど目立たない存在になってしまったような気がします。

カツァリスは、ピアノによるベートーベンの交響曲の全曲演奏(リスト編)を成し遂げた20歳代後半から30歳代前半にかけて世界中の注目を集めていた時代や、1993年にNHKテレビで「ショパンを弾く」の講師をしていた時代があって、日本国内でもその超絶技巧的なテクニックと内面性の深い音楽表現で高く評価をされていたピアニストです。

そのカツァリスが今日のクラシック倶楽部に登場して、風貌にもそれなりの年輪を感じさせ、ピアノの小品ばかりを演奏したことに意外性を感じたのは私だけではなかったと思います。

しかしながら、わずか20分余りの短い時間の中で、カツァリスはグリークの小品5曲とシューマンの小品2曲という、わずか7曲を演奏しただけでロマンティックな詩を朗読したように聴衆を魅了してしまったのではないでしょうか。

その要因の一つとして、この日カツァリスの使用したヤマハのコンサートピアノが、カツァリスに素晴らしい反応をして、温かく粒ぞろいの音色を作り出していたことがあると思います。

ヤマハのピアノがコンサートに使われて、これ程までに心地よい旋律を歌い続けたことはあまり記憶にないような気がします。

カツァリスの超絶技巧で自分の世界を創造する演奏に驚かされていたことを思い出すと、今日のカツァリスは円熟の境地に達した詩人のようでした。

シューマンのロマンスはもちろんのことですが、グリークの全10巻、66曲からなる叙情小曲集から選ばれたわずか5曲についても、カツァリスによって心優しい旋律が語りかけるように演奏され、本当に心癒される時間が経過していきました。

次の<プログラム2>は、タチャーナ・シェバノワがショパンの作品を演奏します。

バラード第4番やスケルツォ第1番など5曲を演奏しましたが、どれをとっても、これぞショパンというポピュラーなものばかりで、しかも難易度の高い作品です。

モスクワ生まれのシェバノワですが現在はポーランドに住んでいて、ショパンの作品を演奏することをライフワークとしている、とテロップ説明がありました。

本当に、ピアニストの世界は多彩で素晴らしい演奏家がたくさんいるものです。

特に前のプログラムで、カツァリスの優しい旋律にすっかり酔いしれていたためか、シェバノワのショパンの演奏に移った途端、その迫力に圧倒されてしまいました。

スパンコールがキラキラと光る赤いドレスを着て、金髪で端正な顔立ちのシェバノワですが、ピアノの演奏では極めて男性的なように感じてしまいました。

でも、ただダイナミックというわけではなく、どの曲でもショパンの混成和声の中から主旋律が明瞭に浮かび上がってくるような演奏法なのです。

ですから、激しくピアノを弾いていても、そこにはショパンの華麗で切ないような旋律が響き渡って、思わず共感してしまいます。

シェバノワの演奏を聴いていると、やはりショパンだったらこのようにピアノを弾いたのかなと思わせるくらい激しいけれども切ないのです。

そのように納得しながら、シェバノワの5曲のショパンを聴いて、何か清々しさと切なさが交錯するような気持になっていました。

シェバノワの端正な表情は演奏中にもあまり変わることがなく、何事もなかったように演奏は終わりました。

本日の「クラシック倶楽部」は、シプリアン・カツァリスとタチャーナ・シェバノワのどちらかというと対照的な演奏を聴くことができて、とてもリラックスができたひと時でした。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月18日

ボリス・ベレゾフスキー ピアノ・リサイタル

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月11日放送分]

ボリス・ベレゾフスキー ピアノ・リサイタル

(演奏曲目)

  メトネル 「おとぎ話」から
          ホ短調 作品34 第2
          変ロ短調 作品20 第1
          「鏡」ロ短調 作品20 第2
          変ホ長調 作品26 第2
          「エルフの踊り」ト短調 作品48 第2
          「ロシアのおとぎ話」ヘ短調 作品42 第1
  シューマン ダヴィッド同盟舞曲集 作品6

(会場)

  フィリアホール
  (2008年3月8日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、ボリス・ベレゾフスキーのピアノ・リサイタルでメトネルとシューマンの作品を演奏します。

メトネル(1880年−1951年)はロシアの作曲家で、「おとぎ話」は30曲以上も作られた、とテロップ説明がありました。

メトネルの作品については、私はあまり聴くことがありませんでしたが、ベレゾフスキーのような実力派の演奏家によって日本で紹介されるメトネルは、ロシアでは作曲家としてかなり重要な役割を果たしていたのかも知れません。

ベレゾフスキーの演奏を聴いていると「おとぎ話」というのはフェアリーのような“おとぎの国”での出来事を描写しているのではなく、メトネルが日常的な出来事を「ちょっと聞いてよ!」と言って風刺的に語っているような感じがしました。

1曲目の作品34第2:絶えず波のうねりがある海に船が出帆していく情景で、作者の穏やかならぬ人生。

2曲目の作品20第1:村人たちが平和に暮らしている何げない風景で、革命前への回帰。

3曲目の「鐘」作品20第2:人々が忙しそうに動き回る。鐘の音がせわしく鳴り渡る。鐘の音に操られて人々が動き回っている様子。おそらく前の作品20第1(過去)の対比(現在)となっているもの。

4曲目の作品26第2:工場の中でたくさんの部品が組み立てられてロボット(兵器?)が作られている。

5曲目の「エルフの踊り」作品48第2:何か目に見えないような糸によって操られ、人々が力なく踊っている様子。

6曲目の「ロシアのおとぎ話」作品42第1:ロシア帝政が革命によって倒れ、新しい時代になったが、現体制に対する漠然とした不安。

ベレゾフスキーは、メトネルの良き理解者として「おとぎ話」をピアノの旋律で大胆かつ明瞭に聴衆に語りかけてきたのです。

30曲以上もある「おとぎ話」の他の曲も、ベレゾフスキーの演奏でもっと聴いてみたいと思いました。

さて次は、シューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集」です。

この曲はシューマンが27歳の時に作曲した18の作品からなるもので、「ダヴィッド同盟」とは架空の団体名で新しい理想の音楽を広めようとしてつけられたものである、とテロップ説明がありました。

「ダヴィッド同盟舞曲集」は、シューマンの性格の2面性を“ジキルとハイド”的に表して音楽の中で論争していくというような形になっています。

シューマンは衝動的で行動力のある人物像として“フロレスタン”を、また、冷静沈着で思慮深い人物像として“オイゼビウス”を登場させます。

そして、この作品の18曲にフロレスタンの“F”とオイゼビウスの”E”という符号をつけて曲の性格を表現しようと試みています。

<第1部>
第1曲 活発に(FとE)/第2曲 心をこめて(E)/第3曲 ユーモアを持って(F)/第4曲 辛抱しきれず(F)〜副題とは裏腹な美しい旋律〜/第5曲 単純に(E)〜くどくど繰り返す〜/第6曲 きわめて速く(F)〜不安定な不気味さのある旋律〜/第7曲 速くなく(E)〜悲しく切ない者を慰めるような旋律〜/第8曲 はつらつと(F)/第9曲 活発に(サインなし)

<第2部>
第10曲 バラード風に、きわめて速く(F)/第11曲 単純に(E)〜同じ旋律の繰り返し〜/第12曲 ユーモアをもって(F)/第13曲 野性的に、愉快に(FとE)〜はっきり性格の違う2つの旋律が現れる〜/第14曲 優しく歌うように(E)/第15曲 はつらつと(FとE)/第16曲 快いユーモアをもって(FとE)/第17曲 遠くからのように(E)/第18曲 速くなく(サインなし)

ベレゾフスキーは、第1部と第2部の区分けをして演奏しませんでしたが、大きな体で演奏される繊細なピアノの音色がフロレスタンとオイゼビウスの性格を明瞭に表現していたのではないかと思います。

今までは、ベレゾフスキーというと、どちらかというと豪快で情熱的な演奏の方が強く印象に残っていたのですが、いよいよ円熟期にさしかかったベレゾフスキーの真価が表れてきたと感じさせる演奏でした。

なお、「ダヴィッド同盟舞曲集」の冒頭には、/いつの世にも/喜びは悲しみと共にある/喜びにはひかえめであれ/悲しみには勇気をもって備えよ/、という古い格言が書かれているということですが、ベレゾフスキーの繊細で、ピアニッシモの多い演奏は、この冒頭の格言を意識していたようにも思えました。

ベレゾフスキーはあるインタビューの中で「人の好みはわからないから、自分の感じるまま自分のために演奏する。その演奏が人に反応を起こさせて、感情を引き出すようなピアニストでありたい。」と話していたということですが、1990年のチャイコフスキー・コンクールで衝撃的な優勝を遂げて以来17年の歳月の中で、素晴らしい音楽体験を積み重ねてきているのだと思います。

これからまた10年たった時のベレゾフスキーに期待は大きく膨らみます。

本日の「クラシック倶楽部」は、ボリス・ベレゾフスキーが演奏するメトネルのロシアン・ピアニズムの世界とシューマンの2面性を表現する小品集によって、ベレゾフスキーの真価を見せつけられたように思います。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月17日

マルティン・シュタットフェルト ピアノ・リサイタル

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月10日放送分]

マルティン・シュタットフェルト ピアノ・リサイタル

(演奏曲目)

  バッハ ゴールトベルク変奏曲 BWV988 から
         アリア
         第 1変奏 第 2変奏 第 3変奏 第 4変奏
         第 5変奏 第 6変奏 第 7変奏 第 8変奏
         第 9変奏 第11変奏 第14変奏 第15変奏
         第16変奏 第17変奏 第18変奏
         第23変奏 第24変奏 第25変奏 第26変奏
         第27変奏 第28変奏 第29変奏 第30変奏
         アリア

(会場)

  東京・すみだトリフォニーホール
  (2006年3月9日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、マルティン・シュタットフェルトのピアノ・リサイタルでバッハのゴールトベルク変奏曲が演奏されます。

2002年に22歳の若さでJ.S.バッハコンクールで優勝したシュタットフェルトは、ドイツ生まれであることから世界中で注目を浴びることとなったようです。

しかも、ゴールトベルク変奏曲は、コンクールで演奏された曲でもあり、シュタットフェルトがバッハの演奏家として世界的に認められることとなった原点に当たるものです。

ゴールトベルク変奏曲は、バッハが2段鍵盤式チェンバロのために作曲した全4巻からなる「クラヴィーア練習曲」の第4巻に当たるもので1742年に出版されました。

正式名は「2段鍵盤付きクラヴィチェンバロのためのアリアと種々の変奏」ですが、バッハが音楽を教えていたゴールトベルクが不眠症のカイザーリンク伯爵のためにこの曲を演奏したという逸話から「ゴールトベルク変奏曲」と呼ばれるようになったと言われています。

この曲がピアノで弾かれるようになったのは、20世紀後半に新進気鋭のピアニストであったグレン・グールドがデビューアルバムとして1955年に発表したことに始まり、以降、多くの演奏家にピアノで演奏されるようになったということです。

グレン・グールドはカナダのピアニストですが、マルティン・シュタットフェルトは生粋のドイツ人ということで、若手のドイツ人ピアニストがドイツの作曲家であるバッハの作品を演奏するというところが、売り手市場になっているような気もします。

しかしながら、グレン・グールドを抜きにしてはこの難解で高度なテクニックを必要とする「ゴールトベルク変奏曲」は、ピアノの曲として日の目を見ることがなかったのかも知れません。

そんな事を考えながら、シュタットフェルトの演奏を聴くことにしました。

シュタットフェルトが舞台に登場しますが、大柄な人でピアノの椅子を非常に低くして座ります。

ピアノに正対する姿勢は、腕の肘が鍵盤の位置より低く、手首を曲げるようにして鍵盤にのせ、どこかホロビッツの弾き方に似ているような気がしました。

アンナ・マグナレーナのための小品集の中の一つであるアリアの演奏が始まりました。

シュタットフェルトは主題のリピートを高音で美しく響かせ、自分の音楽づくりに入り込みます。

放送では、30の変奏曲のうち23曲だけを抜粋していましたが、特に不自然さは感じませんでした。

今や、人気絶頂のシュタットフェルトの演奏は、とても機知に富んでいて面白いのですが、若くして忙しくなってしまう演奏家によく見られる反復演奏に対する慣れのようなものが、時々緊張感を途切れさせていたように思います。

第3番では、リズムに一瞬の乱れがあり旋律の流れが止まってしまいそうになったり、第5番、第8番そして第9番においては曲の最後の部分で、終わり方に躊躇してしまうところが見えたりしました。

また、中盤から後半にかけては、旋律がはっきりしないで曖昧さが目立ったり、フレーズの切れ目が曖昧であったり、最後の方になると疲れのせいか、第26番や第30番においては左右の指が絡まったようにバラバラになってしまっていました。

最後のアリアも最初の美しさはどうしたのと思わせるように明瞭さに欠けてしまう始末です。

シュタットフェルトの演奏は、全体的にはバッハの旋律に自分なりの工夫を加えて、ピアノでしか表現できない若々しいバッハを演奏しようと努力していたと思います。

そしてある意味では成功していたといって良いのではないでしょうか。

しかしながら、若さゆえに陥りがちな慣れによる集中力の欠如というものがところどころに表れていたように感じました。

シュタットフェルトが売れっ子過ぎて自分で考える時間が足りないのか、あるいは自らがタレントのように感じてしまっているのか、というようなことがなければよいがと思います。

若い有能な演奏家が、プロダクションや後援者によって忙しく引き回され、消耗品のように扱われるということがよくありますので、シュタットフェルトのような素晴らしい素質を持つ演奏家をもっと大事に育てていってほしいと切に願うところです。

本日の「クラシック倶楽部」は、マルティン・シュタットフェルトが演奏するバッハのゴールトベルク変奏曲を聴いてその素晴らしい才能に驚かされる一方、タレントのような演奏家にならなければ良いがという一抹の不安を感じさせられたひと時でした。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月16日

ジャン・マルク・ルイサダ ピアノ・リサイタル

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月9日放送分]

ジャン・マルク・ルイサダ ピアノ・リサイタル

(演奏曲目)

  ハイドン ピアノ・ソナタ Hob.]Y-6から 第3楽章
  ベートーベン ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13「悲愴」
  ショパン ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品56

(会場)

  昭和女子大学 人見記念講堂
  (2006年10月31日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、ジャン・マルク・ルイサダのピアノ・リサイタルです。

ルイサダについては1985年のショパンピアノコンクールで入賞を果たしてから演奏活動を意欲的に行っていて、自らの世界に引き込む演奏で多くの聴衆を魅了しており、また、NHKのスーパー・ピアノレッスンでは多彩な表現方法を披露して好評であった、とテロップ説明が流れていました。

NHKのスタッフも、昨日は小山実稚恵を紹介していましたが、1985年の同じコンクールで入賞した二人の演奏家を連日で取り上げるなど、なかなか洒落た企画をするものです。

さて、ルイサダですが、ドンドンと大きな足音を立てて舞台に登場します。

すぐに第1曲目のハイドンのピアノ・ソナタHob]Y-6から第3楽章を演奏します。

本当に長い指を丸めるようにして弾きます。

この曲は短調ですが、ルイサダは明るいはっきりとした音色で、音の一粒一粒がとてもきれいに聴こえます。

また、ルイサダのトリルは高音部ではとてもきれいな響きを聴かせてくれます。

ここで、ルイサダは、聴衆に一つの疑問を投げかけました。

ハイドンが終わると、あたかもその続きのようにベートーベンの悲愴の最初の和音をびっくりするほど強く弾きました。

NHKが編集したようにも思えませんでしたので、やはりルイサダが意図的にこのような順序で弾きたかったのだと思います。

何故、このような弾き方をしたのか、あるいはルイサダでないほかの演奏家も、時によってこのような弾き方をするのかは、私には分かりません。

そこで勝手な解釈をすると、ルイサダは「ピアノ・ソナタという形式を確立したのはハイドンであるから、いかに偉大なベートーベンであっても、まずハイドンを前に弾くことによりハイドンに敬意を表すべきだ。」という意思表示をしたのかも知れません。

とにかくこのようにしてルイサダの悲愴ソナタは始まりました。

最初の和音のびっくりするほどの大きさに比して、その後に続く第1テーマはゆっくりとロマンティックに流れていきます。

第2テーマに入るとテンポは速くなりますが、フレーズの切れ目から次の音に入るところが、ルイサダは本当に巧みに弾く演奏家であると感心してしまいました。

ただ、第2テーマを多少スタッカートが強くかかったように弾いていましたが、これは使用しているピアノがヤマハのコンサートピアノであることを意識していたせいかもしれません。(ペダルを使うと音がフワーンとするような感じで音が出ます。)

再現部のテーマでは十分に間をとりますが、その間の取り方が素晴らしくて聴く者の心を安らかにさせるように導き、やがて最後のテーマで我を取り戻すようにはっとして終わるのです。

第2楽章に入ると、ルイサダが作る、流れるような第1テーマの旋律に聴衆はすっかり引き込まれていってしまいます。

続く第2テーマも、やや遅く、ゆったりと弾かれていきます。

ここでもルイサダは、ややスタッカートをかけるように演奏しました。

第3楽章に入ると、そこはもうルイサダの世界そのものです。

音符というものは、ピアニストによってこれほどまでに緩急自在に音楽を表現できるものなのでしょうか。

もはや、この悲愴ソナタは、ベートーベンの音楽というより、ルイサダの作り上げた叙情的世界のように思えます。

演奏者は、作曲者の音楽の世界をもっといろいろな形で大きく広げられるものなのだと、ルイサダは語っているようでした。

さて、次はショパンのピアノ・ソナタ第3番です。

ルイサダは、ショパンにおいても一度作曲家から手放れた作品は、演奏家の感性と表現に委ねられるべきだというように演奏します。

第1楽章では、導入部に続くテーマを、ルイサダが感じるままに、テンポやフレーズに揺らぎを与えながら、優しく語りかけるように歌を歌っているように奏でます。

第2楽章は、速い流れるようなメロディに多少スタッカートをかけて、やはりここでもルイサダの感性で歌っていきます。

ここまで来ると、聴衆はもうルイサダの世界にすっかり入り込んで虜になったようです。

第3楽章は、極めてゆっくりとした旋律なのですが、音と音の間に途切れというものを感じさせない素晴らしさがあります。

第3楽章はこの曲の中では楽章としては一番長く、音符の動きも少ないのですが、実に間の取り方が良く次の音を期待させるような演奏で冗長性が少しもありません。

ルイサダの実力がはっきり示された楽章ではなかったでしょうか。

第4楽章は、ショパンらしい激しい不安を感じるような旋律が出てきます。

ルイサダの演奏は何回も繰り返される高音部からの下降音階を叙情的に表現していきます。

ショパンが円熟期に作曲した最後のピアノ・ソナタですが、ルイサダが演奏するとショパンの瑞々しさが溢れ出るようなロマンティックな作品に思えます。

時によって演奏を評価する人は、ルイサダが作曲家の作品に忠実ではないというかも知れませんが、自分の感性によって聴衆をこれほどまでに魅了するルイサダの演奏は、これも一つの素晴らしいスタイルではないかと思います。

本日の「クラシック倶楽部」は、ジャン・マルク・ルイサダの自分の世界で叙情的に演奏するベートーベンとショパンのピアノ・ソナタを聴きましたが、すっかりルイサダの音楽の世界に引き込まれてしまい、感動的なひと時でした。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月14日

小山実稚恵 ピアノ・リサイタル

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月8日放送分]

小山 実稚恵 ピアノ・リサイタル

(演奏曲目)

  スクリャービン 即興曲 嬰ハ短調 作品14 第2
            3つの小品 作品2
            前奏曲 作品11から
              第1番 ハ長調
              第4番 ホ短調
              第5番 ニ長調
              第6番 ロ短調
              第7番 イ長調
              第10番 嬰ハ短調
              第13番 変ト長調
              第20番 ハ短調
            ピアノ・ソナタ 第3番 作品23
            2つの詩曲 作品69から
              第1番 アレグレット
            ピアノ・ソナタ 第10番 作品70

(会場)

  東京・王子ホール
 (2005年6月23日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、小山実稚恵のピアノでスクリャービンの作品だけを取り上げて演奏しています。

スクリャービンは、私にとってはとても難解な作曲家の一人なので、スクリャービン漬けにされることを考えると一抹の不安を覚えます。

小山は以前、「43歳という若さで死んでしまったスクリャービンが、その30年間弱の作曲家としての人生で、作風が大きく変化していったことに関心を持っていて、スクリャービンの作品を演奏することによってその理由を解き明かしたい。」と述べていたように記憶していますが、その姿勢がそのまま本日のプログラムに反映されているのではないかと思います。

とにかく小山の演奏を聴いてみようと思います。

第1曲目の即興曲作品14の2では、スクリャービンはロマン派の作曲家だったのですよと、小山が聴衆に向かって紹介しているようなロマンティクな優しい旋律が流れてきました。

第2曲目の3つの小品作品2では、第1番:練習曲、第2番:前奏曲、第3番マズルカ形式の即興曲、が演奏されますが、どれも極端に短い曲で、スクリャービンが作曲する練習曲とか前奏曲とかマズルカは、ショパンなどの他の作曲家と違って刹那的旋律を作品にしているのです、と小山が説明しているようです。

そして、第3曲目の前奏曲作品11を演奏することによって、小山はもっと具体的にロマン派の他の作曲家とスクリャービンの前奏曲集の違いを説明します。

第1番:お祭り、第4番:悲しい孤独、第5番:懐かしい想い出、第6番:激しい不安:第7番:大げさな挨拶、第10番:不満、第13番:癒しの時、第20番:励ましと休息、
と小山は次々と演奏続けながら、スクリャービンの作品は日本の短歌のように少ない音符でテーマを浮き彫りにする不思議な力があることを明らかにしていきます。

また、第4曲目のピアノ・ソナタ第3番では、“1898年のスクリャービンが26歳の時の作品で、パリ滞在中の新婚生活が順調でなかった揺れる気持ちが表れている”というテロップが流れていましたが、スクリャーピンの人生の前半で、作風が変貌する前の作品を小山が演奏します。

第1楽章:フランス風の響きはありますが、華やかになりきれない不安を含む旋律、第2楽章:左手による否定的な強い演奏によって、右手の旋律が打ち消される、第3楽章:争いの後の静かな反省と後悔、第4楽章;激しい後悔を引きずりながら、過去を取り戻したいという気持ちを抱くが結局挫折。

小山は、スクリャービンがロマン派的ピアノ・ソナタを人生前半には作曲していて、しかも、左手の演奏技術には特徴があると説明しているようでした。

さて、ここで小山はスクリャービンの人生の前半期について説明しましたよという感じで、一度舞台から退場します。

小山は、再び舞台に登場していきなり第5番目の2つの詩曲作品69から第1番を演奏します。

これは演奏というより、変形的和声音階を弾いて聴かせたというほどの短い曲でした。

もうそこには、前半で聴いたスクリャービンのロマン派的要素はないということを分からせるに十分な一瞬でした。

小山がスクリャービンの作風の変貌を語りたかった瞬間がこの1曲に凝縮されてしまったように感じました。

そして、第6曲目は1913年にスクリャービンが41歳の時に作曲された最後のピアノ・ソナタ第10番が演奏されました。

スクリャービンが別荘の自然と自分を一体化したような作風というテロップ説明がありました。

小山はピアノ・ソナタ第10番の演奏で、スクリャービンの作風の変貌について明確に表すことに成功しました。

右手のトリルの多いこの曲は、もうすっかり音階や調性から解放されて、自然の中で鳥や蝶が自由に飛び回る様子や、小動物が動き回る様子などを描写します。

印象派に近いかと言えばそうではなく、むしろ和声的には現在音楽の響きが聞こえてきます。

スクリャービンだけの作品で企画された小山のピアノ・リサイタルは、小山の造詣の深さによってスクリャービンの作風の変貌を演奏作品によって見事に説明してくれたと思います。

小山が、このように素晴らしい演奏家として、スクリャービンの研究をしていることには本当に感動を覚えてしまいます。

スクリャービンが難しいと思っていた私も、今日からは少しだけスクリャービンを理解して作品を聴くことができるような気がします。

本日の「クラシック倶楽部」は、小山実稚恵が演奏するスクリャービンによって、スクリャービンを知るという貴重な体験ができて素晴らしい時間を過ごせました。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月12日

横山幸雄 ピアノ・リサイタル

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月7日放送分]

横山 幸雄 ピアノ・リサイタル

(演奏曲目)

  ベートーベン ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 作品109
           ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 作品111
           ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13「悲愴」から
                             第2楽章
           ピアノ・ソナタ 第17番 ニ短調 作品31 第2から
                             第3楽章

(会場)

  東京オペラシティ コンサートホール
  (2006年8月4日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、横山幸雄がベートーベンの最晩年に作曲したピアノ・ソナタの第30番と第32番を演奏します。

横山のピアノと言えば、ベートーベンのピアノ・ソナタを全曲公開録音で収録してしまうなど、その精力的な演奏活動で注目を浴びています。

横山は年齢的にも30代半ばで、いろいろなジャンルに幅広く活躍できる時期ですが、自ら作曲も手がけるなど、新しい時代にいながら古風な一面を持った演奏家と言えるのかも知れません。

さて、1曲目はピアノ・ソナタ第30番です。

横山のピアノはとても語り上手に演奏していきます。

この第30番のソナタを聴くとき、私には何故かベートーベンが水の流れの一生を語っているように感じてしまうのです。

第1楽章では、山奥で泉が湧き、小さな川の流れとなってさらさらと流れていく風景が見えてきます。

第2楽章では、小さな小川の支流が集まって谷川となり、渓谷を急流となって流れていく様子が見えてきます。

そして第3楽章では、谷川の急流がさらに幾筋も集まって、平野でゆっくりと流れる大きな河となって海へと続く河口まで辿り着く様子が見えてきます。

このようにこのソナタを聴いていると、ベートーベンの作曲家としての人生が川の姿に象徴されて語られているように感じるのです。

晩年のベートーベンは様々な人生の苦悩や喜びを寛大な包容力を持って受け入れ、壮大な河の流れのように音楽で表現できる境地に至ったのではないでしょうか。

横山のピアノは細かい音の響きやフレーズ単位の説明をするのではなく、第30番のソナタを全体的に大きくとらえて、非常に説得力のある演奏を聴かせてくれたと思います。

次の曲目は、ベートーベンの最後のピアノ・ソナタとなった第32番です。

このソナタを聴くときに、私は演奏者に物語などを話してもらいたいなどと思いません。

何故なら、このソナタにはバッハが「神のみに捧げる」と言ったような精神の世界が存在すると思うからです。

ですから、演奏されるベートーベンの旋律を聴きながら、自分も浄化されていきたいと強く望むのです。

第1楽章の荘厳な序奏に続くフーガ的旋律の流れは、何度も何度も途絶えては復活します。そこには死に対する恐れなどなく、死後にも復活して命を与えられることへの賛美が聞こえてくるようです。

第2楽章では、死後の世界が穏やかで、天上でいろいろな楽しい出来事があるということを次々と現れる変奏曲が暗示しているようです。

ベートーベンの作曲した最後のピアノ・ソナタは、聴く者に天上の世界を感じさせ、素晴らしい世界があることを神に感謝しているように聞こえてきます。

横山は、技術的にも非常に難しい曲の崇高なテーマをとらえ続けながら、集中力を切らせずにピアノの究極の演奏を見事に見せてくれたと思います。

この後に、横山はピアノ・ソナタ、「悲愴」の第2楽章と「テンペスト」の第3楽章を演奏しましたが(アンコールでしょうか?)、最晩年のピアノ・ソナタを2曲続けて聴いた後だけに、ポピュラーな旋律を持つ2曲はとても心地よく、横山の演奏家として聴衆を思いやる優しい心のようなものが感じられました。

このように、横山の演奏を聴いてから、さて、横山はベートーベン弾きなのだろうか、と考えると、往年のバックハウスやケンプの出しているピアノの音色とはやはり少し違うのではないかとの印象はありました。

おそらく、使用していたピアノによる影響が大きかったのではないかと思います。

また、横山をベートーベン弾きだなどと決めつける必要は全くなく、もっといろいろな分野に挑戦することに期待したいところです。

本日の「クラシック倶楽部」は、横山幸雄のピアノでベートーベンを堪能することができ、本当に楽しい時間を過ごせました。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月11日

小川典子、徳永二男、川崎和憲、上村昇 室内楽コンサート

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月4日放送分]

小川典子、徳永二男、川崎和憲、上村昇 室内楽コンサート

  バイオリン 徳永 二男
  ビオラ   川崎 和憲
  チェロ   上村 昇
  ピアノ   小川 典子

(演奏曲目)

  ショスタコーヴィチ ピアノ三重奏曲 第2番 ホ短調 作品67から
                   第1楽章、第4楽章
  シューマン ピアノ四重奏曲 変ホ長調 作品47

(会場)

  岡山県吉備中央町・ロマン高原かよう総合会館 レインボーホール
  (2006年10月7日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、室内楽コンサートという副題のもと、ピアノの小川典子、ヴァイオリンの徳永二男、ビオラの川崎和憲そしてチェロの上村昇という現在活躍している日本の演奏家たちが、アンサンブルを編成して演奏を聴かせてくれます。

この演奏会は岡山県吉備中央町が合併2周年を記念して企画したものであると演奏会場となる総合会館の風景とともに紹介されていました。

まず、1曲目は小川のピアノ、徳永のバイオリンそして上村のチェロという編成で、ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番が演奏されます。

この曲は、ショスタコーヴィチが亡き友人ソレルティンスキーに捧げたもので、1944年の戦火の中で書き上げられたものであると説明されていました。

4楽章構成の曲ですが、NHKの編集によるものでしょうか第1楽章と第4楽章が演奏されました。

第1楽章の冒頭では、チェロがA線のフラジオレットによる高音を出している一方で、バイオリンがG線の低い音を出すという奇妙な反転現象が見られますが、やがて静かに友人のソレルティンスキーを思い出し懐かしむような旋律に移ります。

しかしそれも束の間、現実の戦乱の騒々しい世界を表すかのように銃声やヒコーキの飛び交う音が聞こえてくるようです。

第4楽章は、弦楽器のピッチカートやスタッカート奏法とともに、ピアノの常に不安がつきまとうような旋律が流れます。

ショスタコーヴィチが抱く祖国の独裁体制への予感のようにも聞こえます。

小川、徳永、上村の日本人トリオはショスタコーヴィチをとても分かりやすく、説得力のあるまとめ方をしていたと思いました。

2曲目は、ビオラの川崎が加わって、シューマンのピアノ四重奏曲が演奏されます。

第1楽章は、ゆっくりとした序奏からピアノの奏でるロマンティックな旋律に弦楽トリオが音声を重ねていくという気持ちの良い演奏に引き込まれてしまいました。

第2楽章に移ると、一転して不安に怯えるような旋律が現れます。

川崎の弾くビオラの音色は本当に美しく哀愁に富んでいて、この楽章全体を支配しているようでした。

第3楽章は、アンダンテ・カンタービレの指示のように、各楽器が優しく丁寧に歌を歌っていきます。

上村のチェロも、徳永のバイオリンも、ピアノの小川に誘われるように心地よく響き渡ります。

第4楽章では、フィナーレに向って各楽器のパートが追いかけっこをしているように交錯して、最後は一緒になって曲の終わりを迎えます。

あまり演奏機会のないシューマンのピアノ四重奏曲ですが、この4人のアンサンブルは素晴らしい演奏をして聴かせてくれたと思います。

特に感じたのは、ピアノトリオでは入らない楽器である川崎の弾くビオラの存在の大きさです。

川崎のビオラは、アンサンブルのバランスを崩すことなく、しかもその旋律がしっかりと聴く者の心に響いていたのです。

また、ピアノの小川は、ベーゼンドルファーのピアノからきめの細かい粒のそろった音色を作り出して、アンサンブル全体をしっかりリードしていたと思います。

日本の一流どころが4人も集まったのだから、と言ってしまえばそれまでですが、とにかくこの4人のアンサンブルとしての音楽づくりが上手なのには感動してしまいました。

本日の「クラシック倶楽部」は、日本人演奏家が4人集まって素晴らしいアンサンブルの妙味を味あわせてくれた充実したひと時でした。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月10日

アフラートゥス・クインテット & 菊池洋子

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月3日放送分]

アフラートゥス・クインテット & 菊池洋子 コンサート

  フルート   ロマン・ノヴォトニー
  オーボエ   ヤナ・ブロジュコヴァー
  クラリネット ヴォイチェフ・ニードゥル
  ファゴット  オンジェイ・ロスコヴェッツ
  ホルン    ラデク・バボラク
  ピアノ    菊池 洋子

(演奏曲目)

  モーツアルト: 木管五重奏曲 変ロ長調 K.589(ウィドラー編)から
                第1楽章、第3楽章、第4楽章
  モーツアルト: ピアノと管楽器のための五重奏曲 変ホ長調K.452
  リヒャルト・シュトラウス: 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(カープ編)

(会場)

  紀尾井ホール
 (2006年9月24日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、アフラートゥス・クインテット(木管五重奏団)とピアノの菊池洋子がジョイント・コンサートを聴かせてくれます。

アフラートゥス・クインテットは1995年にチェコ出身の名門オーケストラのメンバーにより結成され、1997年にはミュンヘン国際コンクールで優勝するという実績のあるアンサンブルであると紹介されていました。

1曲目は、そのアフラートゥス・クインテットがモーツアルトの木管五重奏曲を演奏するということで、かなりの期待をかけていました。

ところが、演奏が始まるとびっくりしてしまいました。

楽器の各パートの音がアンサンブルとしてまとまらないし、休符のところで間が抜けたように旋律が止まってしまう、といった有様です。

モーツアルトのいつも小川が流れているような旋律の流れや宮廷風の軽快さなど全く感じることができず、ちっとも楽しくないのです。

NHKもこのようなことを意識してか第2楽章をカットしていました。

アフラートゥスはモーツアルトが苦手なのでしょうか。

これだけのメンバーがいてそんなことはない筈ですから、よほど疲れていてコンディションが良くなかったのではないでしょうか。

とにかく、優勝が決まってしまったトーナメントで消化試合を見せつけられているようでつまらない、退屈な時間を過ごしてしまいました。

2曲目もモーツアルトでした。

今度は、菊池洋子のピアノとオーボエ、クラリネット、ファゴットそしてホルンの4管による構成でした。

ここでもアフラートゥスのメンバーは最悪の状態を脱しきれませんでした。

第1楽章で菊池のピアノがモーツアルトの旋律を浮き立たせるのですが、五重奏の部分になると、せっかくの菊池の誘いをぶち壊すように無機質な楽器の音が響き渡ります。

第2楽章に至っては、アフラートゥスのメンバーがバラバラになってしまって、音楽をまとめようという努力など全く見られません。

第3楽章は、美しいピアノの旋律を4管が受け継いでキャッチボールをしているように、楽しく軽快なモーツアルトの旋律が流れてくる筈ですのに、キャッチボールがちっともうまくいきません。

菊池のピアノの旋律だけがモーツアルトをむなしく表現するのみです。

これでは菊池がかわいそうです。

やはり、アフラートゥスはモーツアルトが苦手なのだという印象を強く受けました。

それにしても、素晴らしい実績を持つアフラートゥスが何故こんなにひどい演奏をするのでしょうか。

聴衆からは演奏後に拍手がありましたが、怒っている筈です。

菊池には申し訳ないですが、足を踏み鳴らしてブーイングをしてみてはいかがでしょうか。

アフラートゥスは、モーツアルトの音楽の恐ろしさをもっと肝に銘じて今後の演奏に臨んでいただきたいと思います。

最後の曲は、リヒャルト・シュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」でした。

アフラートゥスの5管と菊池のピアノによる編成になっていました。

この曲は、交響詩として明確なテーマを持っており、各楽器パートには役割が振り分けられているので、個人芸の披露という意味ではアフラートゥスのメンバーには絶好の曲というところです。

むかしむかし・・・、から始まってバボラクのホルンがティルのテーマを吹き、物語が繰り広げられました。

カープの編曲ではピアノパートに負荷をかけるようになっていたようですが、菊池のピアノはアンサンブル全体をしっかり支えていて素晴らしい演奏をしていたと思います。

聴衆は、このコンサートで「ティル・オイレンシュピーゲル・・・」が組み込まれていたことに救われる思いだったのではないでしょうか。

本日の「クラシック倶楽部」は、プロフェッショナルのメンバーでも、時として演奏を失敗することがある、ということが出てしまった興味のある企画でした。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月09日

大西孝恵とボストンの仲間たち

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月2日放送分]

大西孝恵とボストンの仲間たち
〜チェンバロ・アンサンブルコンサート〜

  チェンバロ 大西孝恵
  バイオリン ホールドン・マーティソン
  バイオリン クリスティーナ・デイ・マーティソン
  チェロ   ミッキー・カーツ

(演奏曲目)

  モーツアルト: チェンバロ協奏曲 ニ長調 K107 第1
  ラモー: クラヴサン・コンセール第1番
  A.フォルクレー: クラヴサンのための組曲 第5番から(J.B.フォルクレー編)
  ヴィヴァルディ: 2本のヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ
                   「フォリア」作品1第17

(会場)

  大阪市 イシハラホール
  (2006年6月25日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、“大西孝恵とボストンの仲間たち”と題して大西孝恵のチェンバロ演奏を中心としてバロック音楽アンサンブルが企画されていました。

大西はチェンバロ奏者として優れた実績を重ねているだけでなく、チェンバロの研究にも本格的に取り組んでいると紹介されていました。

他のメンバーについては、特に個別の紹介はありませんでしたが、ボストン周辺のそれぞれ違う部署で音楽活動をしているメンバーが集まったと紹介されていました。

さて、1曲目はモーツアルトのチェンバロ協奏曲です。

チェンバロ、バイオリン2台、チェロというメンバー構成になっていました。

曲は3楽章構成で、1楽章が荘厳な国王の行進のような旋律でオーバーチュアに当たる部分ではないかと思います。

2楽章は優雅な4拍子の旋律が続き、宮廷の中での皆がおしゃべりをしている情景の中で演奏したのではないでしょうか。

3楽章は3拍子で軽快な踊りのリズムとなり、舞踏へと誘います。

曲全体は、まさに宮廷音楽の代表的構成となっていました。

1楽章と2楽章には、チェンバロのカデンツアも演奏されて、大西の演奏者としての魅力を十分に引き出していたと思います。

ただ、使用されたバイオリンもチェロも現代楽器であって、バロック弓を使うでもなく、全部をガット弦にするということでもありませんでした。

聴く側としては、バロック的な弦の音とチェンバロの音の調和を望みたいところでしたが、演奏終了後のインタヴューの中で、バイオリンのホールドン・マーティソンが、「あえて古楽器と現代楽器の融合ということを意識して、挑戦的な演奏をしてみた」と話していました。

2曲目は、ラモーのクラヴサン・コンセール第1番ですが、チェンバロ、バイオリン、チェロのトリオ形式になっていました。

1番目はクリカンという表題が付いており、フビライ・ハンをモチーフにして18世紀にフランスで異国情緒が好まれたという説明がされていましたが、確かにフビライ・ハンの勇壮な勢いというものが感じ取れる旋律で、現代チェロの力強い音色が生かされていたのかなと思いました。

2番目はリヴリという表題が付いており、リヴリというのは地名で統治していたリヴリ伯爵の追悼のために作られた曲であるという説明がされていましたが、大西が2段鍵盤式チェンバロの上段だけで悲しげな旋律を作り出しているのが印象的でした。

3番目は、ヴェジネという表題が付いており、ヴェジネというのも地名で土地柄が明るく、明るい雰囲気の旋律が奏でられるという説明がされていましたが、ここでは現代チェロの音色が通奏低音部で強く響いてしまい、気になってしまいました。

2曲目の曲全体としては、チェンバロと現代楽器のトリオという挑戦的な試みであったと思いますが、やはり原始的な音色を出す古楽器によるトリオの方が受け入れられるのではないかと感じてしまいました。

3曲目は、チェンバロのソロでフォルクレーのクラヴサンのための組曲第5番から“ラモー”と“ジュピター”の2曲が演奏されました。

大西はインタヴューの中で「チェンバロという楽器は、一瞬に音が出て、一瞬に音が消えてしまうのです。ですから、チェンバロは弾きながらその一瞬と一瞬の間の空気を味方につけなければなりません。」と話していましたが、大西のチェンバロのソロでは、音と音との空間を“間(ま)”という言い方をすれば、本当に素晴らしい“間”を旋律の一部として作り上げていたと思いました。

特に、対照的な2曲の”ラモー“と”ジュピター”を弾いて、“ラモー”ではゆっくりとした荘厳な旋律の中で、ゆったりと安心できるような“間”を取って魅力的に聴かせ、“ジュピター”では常動的で戦争のような旋律の中で、これは現代の音楽ではないか、と思わせるような機敏な“間”を取って衝動的に聴かせてしまったのです。

大西のチェンバロは、単なる古楽器ではなく、現代楽器としても通用することを証明したような演奏でした。

今回のプログラムはここで終わりにしても十分満足が得られる企画だったと思います。

最後に演奏された「フォリア」は、大西の通奏低音が現代楽器とどれだけ融合できるのか、という実験的試みだったように思います。

それなりの努力には敬意を表しますが、やはり聴衆を喜ばすことに専念していただきたかったと感じてしまいました。

本日の「クラシック倶楽部」はチェンバロと現代楽器による実験的アンサンブルを聴かせてくれて興味のある企画でした。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月08日

アート・オブ・ブラス・ウイーン

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月1日放送分]

アート・オブ・ブラス・ウイーン コンサート

  トランペット ハンス・ガンシュ
  トランペット ハインリヒ・ブルックナー
  ホルン    トーマス・ビーバー
  トロンボーン エーリヒ・コイエーダー
  チューバ   ジョナサン・サース

(演奏曲目)

  バッハ 目をさませと呼ぶ声が聞こえ(マリアンネ・ブルックナー編)
  クライスラー 愛の喜び(キュブルベック編)
           愛の悲しみ(キュブルベック編)
  ヨハン・シュトラウス ポルカ「観光列車」(マリアンネ・ブルックナー編)
  ドリーブ カディスの娘たち(マイルス・デイビス/ギル・エバンス/トマス・フーバー編)
  セロニアス・モンク メドレー(トマス・フーバー編)
    ブルー・モンク
    ストレート・ノー・チェイサー
    ルビー・マイ・ディア
    アイ・ミーン・ユー
    ラウンド・ミッドナイト
    ウェル・ユー・ニードント
  モンテヴェルディ 「聖母のための夕べの祈り」から
    トッカータ(ハインリヒ・ブルックナー編)
  オーストリア・クリスマス民謡集
    もうすぐ暗くなる
    いばらの森を行くマリア
    レオポルド 早く起きなさい
    羊飼いよ こちらへ
    静かに
    マリアのこもり歌
    天への扉は開かれた
    祈りの夜

(会場)

  東京オペラシティ コンサートホール
  (2006年12月12日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、アート・オブ・ブラス・ウイーンのコンサートです。

アート・オブ・ブラス・ウイーンはウイーン・フィルのトランペット首席奏者として活躍してきたハンス・ガンシュを中心にウイーンで活躍する5人の演奏家によって結成された金管五重奏団で1994年から数えて9回来日している、と紹介されていました。

メンバーでは、ガンシュが最年長でリーダー格となっているようですが、今回のリサイタルではただ一人ニューヨーク生まれのチューバ奏者のジョナサン・サースが、メンバーの紹介をしたり、演奏の合間に曲目の紹介をしたりしていて、企画を担当していたようです。

メンバーは所属オーケストラも違うし、フリーに活動をしている人もいるということですが、1981年に結成されて以来、25年以上もアンサンブル活動を続けているのですから、本当に素晴らしいことだと思います。

さて、演奏の方ですが、最初の4曲の「目をさませと・・・」、「愛の喜び」、「愛の悲しみ」、「観光列車」は、まさに5人のアンサンブルの歴史の証明のようなものでした。

テンポが変幻自在に変化するのですが、全く一糸乱れるところなく気持ちよく響いてきました。

また、ガンシュのトランペットの、ある時は流れるように優しく柔らかな旋律、またある時はスタッカートの聴いた鋭い旋律、というように変化と色調に富んだ音色には魅了されてしまいました。

次の「カディスの娘」、「セロニアス・モンク・メドレー」では、サースの解説が入ってから演奏されましたが、「カディス・・」ではドリーブの歌曲とは違って、場末の酒場で物憂げに過ごしている娘たちの姿が映し出されていたようでした。

また、「セロニアス・モンク・メドレー」では、ガンシュが右足でリズムをとる姿など、めったに見られない光景があったりしてとても面白く感じました。

スローテンポのブルースについては、ブルックナーのトランペットによるアドリブソロや、コイエーダーのトロンボーンの物憂げなアドリブソロや、ビーバーのホルンの4ビートに乗ったアドリブソロなどが次々に展開していって、名人芸が披露がされていました。

しかしながら、スローなブルースではジャズ的な雰囲気を作っていたアンサンブルも、「アイ・ミーン・ユー」の4ビートや「ウエル・ユー・ニードント」の2ビートのリズミカルな曲になると、やはり粘着性に欠けて、ジャズというよりクラシックに近い音楽に仕上がってしまったように思いました。

サースのチューバは、声を出して歌いながら吹く奏法や、パーカッションのように吹く奏法などを演奏して見せるなど、いろいろな工夫はあったのですが、クラシック演奏家がジャズを演奏するというのは本当に難しいことなのだと感じてしました。

最後は、収録時期がクリスマスに近いということもあって「オーストリア・クリスマス民謡集」が演奏されましたが、この日のアンサンブルとしては最も素晴らしいものであったと思います。

特に、ビーバーのトロンボーンがユーフォニュームに持ち替えられたためか楽器全体のバランスが一層豊かになったように感じられました。

金管楽器では唇の調整で音程を微妙に変化させることができるためか、民謡集ではアンサンブルの和声が純正律的な響きになっていて、素晴らしいハーモニーが透き通るように響き渡っていました。

ここに至って、アート・オブ・ブラス・ウイーンの真骨頂が明らかにされたのではないでしょうか。

5人のメンバーの超一流の演奏技術と、それぞれの奏者の個性が見事に調和した時間だったと感じてしまいました。

とりわけ、ガンシュとブルックナーのトランペットは、つややかで優しい音色を出す時には魅力に溢れていました。

心が癒されるような本当に幸せな時間を持てたように満足してしまいました。

本日の「クラシック倶楽部」は5人の金管楽器奏者によるアンサンブルを堪能させてくれた素晴らしい企画でした。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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2008年04月07日

ウイーン少年合唱団 演奏会

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 3月31日放送分]

ウイーン少年合唱団 演奏会

  合唱 ウイーン少年合唱団
  指揮・ピアノ ラウル・ゲーリンガー

(演奏曲目)

  オルフ カルミナ・ブラーナから“運命の女神よ”
  シューベルト アヴェ・マリア
  パーセル 来たれ芸術の子よ
  アイブラー 彼らはみなサバより来りて
  アルプス地方の民謡集
    僕は愉快な子ども
    ぼだい樹の下に
    雪が解けると
  ロジャーズ “サウンド・オブ・ミュージック”から
    サウンド・オブ・ミュージックのテーマ
    ドレミの歌
    ひとりぼっちの羊飼い
  ヨハン・シュトラウス ポルカ「うわ気心」
              皇帝円舞曲
  ヨハン・シュトラウス父 ラデッキー行進曲
  日本古謡 さくら(河西保郎編)

(会場)
  東京サントリーホール
  (2005年6月4日収録)

[所感]

「クラシック倶楽部を楽しむ」は管理人のクラシックマが旅行に出かけていたため、約1週間のお休みをいただいておりました。

さて、本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、ウイーン少年合唱団の演奏会ということで、旅行ボケの頭をヒーリングさせるのには、まさに最適なプログラムというところでしょうか。

ウイーン少年合唱団は1498年に宮廷礼拝堂少年聖歌隊として創設されて以来、500年あまりの伝統を持ち、現在約100名の団員がいて4つのグループに分かれて活躍している、とテロップで紹介されていました。

また、ピアノと指揮をするラウル・ゲーリンガーについても、ウイーン少年合唱団の出身で、いまは団員たちの指導に当たっていると紹介されていました。

今回のグループは、ラウル・ゲーリンガーを挟んで右手に11名、左手に13名という構成で25名の編成になっていました。

演奏曲目については、少年たちの美しい声を聴いているだけで心休まるもので、なかなか感想というものは書きずらいです。

ただ、第一曲目のカルミナ・ブラーナから“運命の女神よ”を演奏したときの少年たちの迫力ある声には、ウイーン少年合唱団の歴史的変遷のようなものを感じてしまいました。

また、“来たれ芸術の子よ”は5部作のかなり長い演奏になっていて、少年たちにとっては何か特別な意味を持つ啓示を与えるような印象を感じました。

ウイーン少年合唱団は、演奏する曲が作曲された言語でそのまま歌ってしまうと聞いていましたが、サウンド・オブ・ミュージックはしっかり英語で歌っていました。

曲名の中には、ポルカ「うわ気心」のような日本語訳が付いているものがあり、少年たちがどんな歌い方をするのか一抹の不安がありましたが、テロップの和訳を見ていると全く「うわ気心」などとは関係のない内容になっていて、少年たちも楽しそうに歌っていたので安心しました。

皇帝円舞曲やラデッキー行進曲も内容的にはウイーン讃歌のように聴こえて、少年たちがやや国粋主義的な中で育っているのだろうかなどと感じてしまいました。

ラデッキー行進曲では、ウイーン・フィルのニューイヤー・コンサートのように聴衆に手拍子を求めるなど、エンターテイメント的要素も加わっており、少年合唱団としてそこまでやるの、という負の考え方もしてしまいました。

最後のさくらは、編曲のせいか速いテンポでポップス調に聴こえてしまい、やはり、さくらは日本音階的にゆっくり美しく歌ってほしいものだと感じてしまいました。

今回、ウイーン少年合唱団の演奏を聴いて、“天使の声”が500年という歴史の中で大きく変遷してきているのではないかと思えるものがありました。

ウイーン少年合唱団が世界中で演奏活動を行うことが少年たちにとってどのような意味を持つのでしょうか。

何か、そこには大人の都合による商業主義的意図が見え隠れしているように思えて仕方がありません。

ひょっとしたら、少年たちの方がもっとドライで、自分たちの将来の音楽活動への足掛かりをつかもうとしているのかも知れません。

会場の聴衆は若い女性が多く、聴く側の要求もアイドル的存在としてのウイーン少年合唱団を求めているのかも知れません。

疲れた頭のヒーリングと思って聴いていた本日のプログラムだったのですが、“天使の声”はあまり聴こえてきませんでした。

本日の「クラシック倶楽部」はウイーン少年合唱団が500年の年月の中で大きく変わろうとしている姿を垣間見ることができたように思います。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
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