2008年02月29日

ジャン・ギアン・ケラス チェロ・リサイタル

「クラシック倶楽部を楽しむ」 本日のプログラム

[BShi 2月22日放送分]

ジャン・ギアン・ケラス チェロ・リサイタル

(演奏)
  チェロ ジャン・ギアン・ケラス
  ピアノ 野平 一郎

(曲目)
  ベートーヴェン チェロ・ソナタ 第3番 イ長調 作品69
  ベートーヴェン チェロ・ソナタ 第5番 ニ長調 作品102第2
  ヤナーチェク おとぎ話から 第3曲

(会場)
  三鷹市芸術文化センター 風のホール

[所感]

今回の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、ジャン・ギアン・ケラスのチェロ・リサイタルです。

プログラムを見て気がつきましたが、そういえばクラシック倶楽部にここのところ暫くベートーヴェンは取り上げられていませんでした。

昨日の本欄の記述のとおり、趙静の演奏した明るく軽快なバッハのチェロの音色がまだ耳に残っているのですが、趙よりも10年余、年長のケラスがベートーヴェンのチェロ・ソナタをどのように演奏してくれるか楽しみです。

NHKの番組企画スタッフのトラップにまた捕まえられそうです。

プログラムは、ベートーヴェンの最も充実した作曲活動期である中期の作品のチェロ・ソナタ第3番から、晩年に作曲されたチェロ・ソナタ第5番へと対比的に続くように組まれています。

ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番は、弾き手に相当な馬力がなければ演奏し切れないような曲だと思いますので、30歳代後半の適齢期を迎えたケラスがどのような演奏をするのか見ものです。

ケラスと野平が舞台右手から登場します。

このホールは左手に出入り口がないようで、ピアノの野平はピアノを一周する形で席に着きます。

数秒間、ケラスが調弦をします。

第1楽章:いきなり、チェロの導入旋律につづいてピアノが第一テーマに入ります。

「そう、これがベートーヴェン!」と思わせてくれるケラスと野平の音楽の世界にすぐに誘い込まれてしまいます。

ケラスのチェロは低音部では深く響き、そして何といっても高音部の音色の美しさに特徴があると感じました。

ケラスが情熱的に激しく弓を使っても、このチェロの第一弦はその感情の高鳴りに応えて強く艶やかな音色で響き渡ります。

ベートーヴェンがこの時期に、爆発的に作曲に取り組んでいたという情景がはっきり表れていると思います。

ベートーヴェンが「ぼくは今とても忙しいんだ。邪魔をしないでくれたまえ。」と言っている様子が第1テーマとして何回も出てくるように聞こえました。

第2楽章:息を弾ませるような短調の旋律から始まります。

仕事、仕事に明け暮れた生活でしたが、このままでいいのか自問自答しています。

そして、激しい感情の高まりとともに、何か変化したいという切望が湧いてきます。

いわゆる黄金期のベートーヴェンの心の中には、もっと変化を求めたいというエネルギーが蓄積されていたのかもしれません。

第3楽章:前楽章で抱いた変化を求める気持ちに対して、その高揚を癒すような旋律から始まります。

「仕事は精いっぱいやったのだから少しのんびりしたら?」と言っているようです。

でも、周りではもっと作品を発表してほしいという人々の期待の声が聞こえます。

ベートーヴェンはそんな声に対して「ちょっと静かにしてよ!」と言いながらも、結局はもとの作曲活動に戻ってしまいます。

という勝手なストーリーになってしまいました。

続いてチェロ・ソナタの第5番が演奏されました。

ベートーヴェンが働き盛りだった時代の第3番との対比ができるような演奏でした。

ケラスはここでも数秒間の調弦をします。

第1楽章:ピアノの激しい旋律から導入されます。

ベートーヴェンはまだ忙しく働いていますが、第3番の1楽章と違い取捨選択権を自らが持って仕事をしているようです。

サラリーマンでいえば、第3番は平社員で仕事を押し付けられている時代であり、第5番は自分が決定権を持つ幹部社員の時代と言えるのかもしれません。

このような違いをケラスは明確に弾き分けていたと感じさせるところがすごいと思いました。

第2楽章:第3番では自問自答していて余裕のなさが目立ちますが、第5番は違います。

広く、大きな気持ちを持って物思いにふけっています。

例えるならば、国王が広く人民の幸せを思って考えているようです。

ケラスのチェロはこの深遠な旋律を、あくまでも静かに、包容力のある慈悲深い音色で表現していました。

第3楽章:音階的旋律とフーガ形式が現れます。

すべてを経験しつくした者の誰でもが考える昔の自分への回帰でしょう。

ベートーヴェンも自らが一生懸命に作曲活動をして晩年を迎えたときに、やはり古典への回帰に思いを馳せたのかもしれません。

「昔に戻ろう!」と言ったかどうかは知りませんが・・・。

ケラスは、ベートーヴェンのチェロ・ソナタの第3番と第5番を並べて演奏して聴かせ、この2曲の間にある時間経過とベートーヴェンの心の変化を見事に表現して見せたと思います。

また、このリサイタルでは、もう一つの重要な要素があったといえます。

それはピアノパートを担当した野平の存在です。

野平のピアノは、ケラスのチェロの伴奏などという域をはるかに超え、野平とケラスがベートーヴェンを共有し、解釈し、表現しているというように感じました。

最後に弾かれたヤナーチェクの「おとぎ話」ですが、私は全曲を聴いたことがありません。

第3曲ということでしたが、ピエロの姿をした小人が1人、2人、3人と次々に現れ目の前を通り過ぎていくような情景が浮かび上がりました。

ケラスは、こんな小品でも語り上手でした。

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、久々のベートーヴェンで、しかも中期と後期のチェロの曲目を並べて聴くことができ、本当に楽しい時空遊覧をしたようでした。
posted by クラシックマ at 11:25| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月28日

趙静&大萩康司 デュオ・リサイタル

「クラシック倶楽部を楽しむ」 本日のプログラム

[BShi 2月21日放送分]

趙 静 & 大萩 康司 デュオ・リサイタル

  チェロ 趙 静
  ギター 大萩 康司

(演奏曲目)
  バッハ 無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV1010から
        プレリュード〜サラバンド〜ブ−レ〜ジーグ
         演奏 趙

  ヴィラ・ローボス 5つの前奏曲から
        第1〜2〜4〜5番
         演奏 大萩

  シューベルト アルペジョーネ・ソナタ イ短調 D821(西垣 正信 編)
         演奏 趙 大萩

(会場)

  紀尾井ホール

[所感]

今回の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、チェロの趙とギターの大萩によるデュオ・コンサートです。

趙はスケールの大きな豊かな音楽性を持ったチェリストとして注目を浴びています。

また、大萩も深遠な音色の出せるギターリストとして期待されているところです。

その演奏に対する評価の高い、同じ年生まれの二人が、どのようなコラボレーションを演じて聴かせてくれるのかとても楽しみです。

まず、趙は舞台に現れるとすぐに無伴奏チェロ組曲第4番を弾き始めました。

超の弾くチェロが明るい音色を持った楽器なのに驚きました。

これは趙の奏法によるものかもしれませんが、そのことを加味してもイタリア・トーンの明るさを出していました。

バッハのチェロ組曲がこんなにもクリアに、どちらかというと愉快な気分で聴けるなんてなんと素晴らしいことでしょう。

それも、プレリュードを弾き始めた瞬間から、「バッハはこんなに楽しい曲を作っているんだ。」と思うくらい楽しい気分にさせてしまうのですから尋常ではありません。

そのあとに続く、サラバンドにしても、ブーレにしても、ジーグにしてもみんな舞踏曲ですから、最初の勢いで聴く者の心を弾ませてしまいます。

趙自身も時折右足首で拍子をとりながら、遅いテンポの部分でも決して重くならず、むしろ軽快に弾き進んでいきました。

今までバッハのチェロ組曲を何度も聴いてきましたが、これほどまでに明るく軽快な演奏には出会ったことはありませんでした。

演奏者の内面性が問われる場合の多いバッハの音楽ですが、趙の演奏もまた内面表現の一つになっていたのではないかと思いました。

指が細いことから、音程がやや不安定になるところが散見されましたが、音楽づくりの上ではあまり問題にはならないでしょう。

これからもっと音楽的経験を重ねていく趙のような若い演奏家が、いろいろな自分の物語を音楽に託して聴衆に伝えていこうという試みは、挑発的で実に清々しいことです。

10年後、20年後に趙の弾くバッハがどのように変わっていくのか本当に楽しみです。

2番目は、大萩のギターでローボスの五つの前奏曲から第1,2,4,5番が演奏されました。

大萩が前奏曲第1番を弾き始めると、懐かしい故郷に心馳せるようにすっと演奏の中に引き込まれてしまいました。

大萩のギター演奏は、主旋律が躍動感に富んでいて、その主旋律を支える他の弦の音がしっかりと音の糸を紡いで織物を織っているようでした。

だから、仕上がった織物の絵模様がはっきり表れるように音楽にもメリハリを感じるのです。

第2番の速いパッセージの部分に移っても、大萩の作り出すテーマは明確でした。

民族風の踊りの風景を聴く者に思い浮かべさせるように、やはり旋律の流れは鮮烈に進みました。

大萩の演奏を最も際立たせたのは、何といっても第4番ではなかったかと思います。

ゆっくりとした哀愁を帯びた旋律が心の底まで響いてくるような感動体験をさせてくれました。

第5番は、大萩のギターの世界にもう少し居たいと思う気持ちを突然振り切るように終わってしまったような気がします。

それほどまでに大きな余韻を残した素晴らしい演奏だったと感じました。

大萩のギター演奏は、これから単にクラシックギター奏者として円熟していくのではなく、もっとギターに新しい息吹を吹き込んでいってくれるような期待を抱かせてくれました。

さて、最後は趙と大萩で繰り広げるコラボレーションです。

選ばれた曲が、シューベルトのアルペジョーネ・ソナタです。

どちらかというとシューベルトが健康的にも良くない状態の時に、アルペジョーネという楽器のために作曲して、その後何十年も放っておかれ、シューベルトの死後にアルペジョーネがもう楽器として世の中に存在しなくなってから日の目を見た曲だということです。

ここでも、若くて、個性のある二人の演奏家が驚くべき音楽表現を作り出していたと思います。

まず、大萩のギターの導入により趙のチェロが歌い始めます。

チェロが歌うと書きましたが、バッハで明るく軽快な表現力を見せた趙が、深く慰めるような旋律をまさに歌を歌うように演奏し始めたのです。

そして、大萩のギターが弦の一本一本の音を束ねながらチェロのメロディーを美しい模様にして布地に織り込んでいきます。

時々、チェロとギターの間でテーマのキャッチボールが行われますが、ごく自然で決してぶつかり合うようなことはありませんでした。

この曲を媒体として、若き2人の演奏家が本当に楽しそうに歌を歌っているように見えました。

そして、演奏が進むにつれてだんだん二人の気持ちも高揚し、楽しさも増し、最後には感情の抑制の限界くらいに朗らかで愉快になって歌を歌い終わったように感じました。

演奏が終わってから、趙と大萩が顔を見合せてにっこりとほほ笑み合っていた情景がすべてを物語っているような気がしました。

今回のデュオ・リサイタルは、「クラシック倶楽部を楽しむ」にふさわしい心から楽しめる企画でした。
posted by クラシックマ at 11:52| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月27日

4人のバイオリニストの競演

「クラシック倶楽部を楽しむ」 本日のプログラム

[BShi 2月20日放送分]

4人のバイオリニストの競演

(演奏者)
  バイオリン 加藤 知子
         堀米 ゆず子
         戸田 弥生
         川田 知子
  ピアノ   寺嶋 隆也(イザイとモーツアルトの曲を除く)

(演奏曲目)
  ガーシュイン 歌劇「ポギーとベス」から(ハイフェッツ編)
          サマータイム
          女は気まぐれ
          そんなことはどうでもいいさ
        演奏:川田

  ラヴェル チガーヌ
        演奏:戸田

  イザイ 無伴奏バイオリン・ソナタ 第5番 ト長調 作品27第5
        演奏:堀米

  サラサーテ カルメン幻想曲 作品25
        演奏:加藤

  モーツアルト 歌劇「魔笛」から(レ・カトル・ヴィオロン編)
              わたしは鳥刺し
              恋を知るほどの殿方には
              愛の喜びは露と消え
              復しゅうの心は地獄のように胸に燃え
              おふた方には二度目のおこし
              パパパの二重唱
            演奏 : 堀米 川田 加藤 戸田 

(会場)
  フィリアホール

[所感]

今回の「クラシック倶楽部を楽しむ」はプログラムを見てください、びっくりです。

今や日本を代表する女性バイオリニストが4人も集まり、大騒ぎ(?)だったのではないでしょうか。

しかも、「4人のバイオリニストの競演」と言うタイトル付です。

最初に、ひとり一人が競演にふさわしい難曲を選び演奏して聴かせます。

そして最後は、4人が4台のバイオリンで合同演奏という趣向になっています。

いったいどのような展開になるのかと人ごとながら心配していました。

第1奏者として、川田が登場、ポギーとベスを弾き始めました。

その途端、ほっと肩から重いものがなくなったような気分になりました。

有名なサマータイムの旋律が流れだし「やあ、皆さんようこそ。今日は肩ひじ張らず楽しんでくださいね。」と言われたような気がしたからです。

川田のバイオリンは、澄んだ音色で軽快に鳴り響いていました。

この人は、現代ものの演奏をしたらきっと素晴らしいのだろうと感じました。

第1曲目にサマータイムが演奏されて、この演奏会(競演)はもう成功したと思いました。

もし、最初にチガーヌが出てこようものなら、その後は血で血を洗う争いになったかもしれません。

きっと、川田は難しいことをやっても、聴いている者を和ませてくれるツボを知っているのでしょう。

第2番目には、この日のメンバーでは一番若手の戸田がチガーヌを弾きました。

川田の軽快な洒落たバイオリンの音は、戸田の深みのある澄んだ音に引き継がれました。

曲目のせいもありますが、戸田のバイオリンのG線は本当に美しい音色を奏でます。

若さで果敢に弾き続けますが、ピアノが入ってくるあたりでアンサンブルのちょっとした乱れもあったようです。

最初に気を入れすぎたせいか最後はさすがに少々疲れたかな、という感じが残りました。

でも、さすがに若さで見事に弾き切ったという演奏でした。

第3番目は堀米のイザイでした。

イザイの無伴奏は私にとっては非常に分かりにくい曲なのですが、堀米は「そんなことないわよ、納得しなさい。」とばかり演奏を続けました。

でも私には、堀米がバイオリンと格闘をしているように思えました。

堀米のバイオリンは、なかなか明瞭な音の粒を作り出さず、一筋縄ではいかないような楽器のようです。

でも、今日はイザイでさえも、堀米の演奏を聴きながら楽しむことができるのですからそれでいいのです。

第4番目は加藤のカルメン幻想曲です。

このような超絶技巧を選曲するとはさすがに競演です。

加藤のバイオリンは、いろいろな音色の出る楽しい楽器だと思います。

最後のほうでテンポを上げるところでは、加藤の演奏姿勢のようなものが出ており、多少テンポを遅くしても正確に弾いていたように思いました。

これも、ピアノとのずれが気になるところもありましたが、全体的には好演奏といっても良いと思います。

最後は、4人揃ってモーツアルトの「魔笛」から6曲のアリアを選んで4台のバイオリンで、まるで歌を歌っているように楽しんでいました。

演奏している人たちが楽しんでいるのですから、聴いている人たちにも楽しさが伝わってくるのは当然です。

とにかく、最近のクラシック倶楽部の番組の中では、アットホームで子供たちにも十分楽しめる演奏会だったと思います。

なお、蛇足になりますが、4人の女性バイオリニストはデザインの違いはありますが皆ブルー系統の衣装で登場しました。

あくまでも競演は演奏内容のことなので、衣裳の色で勝負するのはやめましょう、という申し合わせでもあったのでしょうか。
posted by クラシックマ at 01:59| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月26日

ガブリエル・リプキン チェロ・リサイタル

「クラシック倶楽部を楽しむ」 本日のプログラム

[BShi 2月19日放送分]

ガブリエル・リプキン チェロ・リサイタル

  ピアノ ユリアン・リーム

(演奏曲目)

  ドビュッシー チェロ・ソナタ ニ短調
  フランク バイオリン・ソナタ イ長調(リプキン編)
  ポッパー 妖精の踊り 作品39

(会場)

  浜離宮朝日ホール

[所感]

今回の「クラシック倶楽部を楽しむ」はガブリエル・リプキンのチェロ・リサイタルです。

精悍な面立ちと長い指の掌、パールマンと同じイスラエル出身で弦楽器奏者となれば初対面でも好感を持ったリプキンです。

最初はドビュッシーのチェロソナタでした。

紗がかったドビュッシーの音楽をどんな風に聴かせてくれるのか一瞬緊張しました。

第1曲のプレリュードは、いきなりピアノのゆっくりとした不安げな先導で始まります。チェロが語りかけます。

「これからちょっと不思議なお話をしますが、あわてないで落ち着いて聞いてください。」

しかし、ちょっと待ってください。

リプキンの弾くチェロのガサガサしたしわがれ声のような音色はどうしたのでしょう。

忙しすぎて、チェロが疲れているのでしょうか。

それとも十分にウォーミングアップをしないで弾き始めたのでしょうか。

とにかく、最初の弾き出しで私の緊張の糸が切れました。

ドッビュシーの音楽による風景描写も台無しです。

第2曲のセレナードはチェロのピッチカートで始まりますが、まだピッチカートに耳障りな音を感じます。

いきなり部屋の壁に穴があいて、若者が異次元世界へ入り込んでいくような光景を思い浮かべます。

若者はチューブ状の透明の筒の中をしっかりした歩調で歩いているのですが、チューブ状の筒の外側には海坊主のような不思議な人間が雲の上でも歩くようにふわふわと若者と並んで歩いています。

若者の意識ははっきりしているのに、チューブの外側の景色はうつろに見えるのです。

切れ目がないまま第3曲の終曲に入ります。

とうとう若者はチューブ状の透明の筒から抜け出て異次元の世界に入り込んだようです。

海坊主のような人間たちは若者に興味を持ったらしく近づいてこようとします。

彼らにはどうやら悪意は感じられません。

若者は恐怖心から、物陰に隠れながら彼らから逃げようとします。

しかし、それも無駄なことです。

若者は異次元世界の人間たちに取り囲まれてしまいます。

「どうしよう。」と思ったとたん若者は3次元の世界に戻されます。

若者はこれが夢だったのか、本当にあったことなのか分からないまま佇んでいます。

結局、リプキンのチェロの音色はガサガサのままで、ドッビュシーでは回復しませんでした。

でも、ピアノを弾いていたユリアン・リームという人、溌剌としてキレのいい音色を聴かせていて、チェロ・ソナタ全体をドッビュッシーらしくまとめていたと思います。

2番目はフランクのバイオリン・ソナタでした。

特に若いチェリストの中には、バイオリンの曲をチェロで弾きたいという気持ちがあるのでしょうか。

リプキンの大きくて指の長い掌と驚異的テクニックをもってすれば、チェロをバイオリンのように操ることは可能なのかもしれません。

また、フランクのソナタになってからは、チェロでも1弦、2弦を使うことが多いせいか、ドビュッシーで中低音域がガサガサいっていた音色が気にならなくなりました。

しかしながら、チェロとピアノの調和という部分ではちょっと違和感を持ちました。

おそらくピアノは、バイオリン・ソナタの時に使う譜面で弾いていたのではないかと思います。

リームのピアノは非常にダイナミックレンジが広く、相手がチェロであることを意識して弾いていたような気がします。

それでも、バイオリンとオクターブ違うチェロの弦の響きとは共鳴が反転してしまうように感じられ心地よいものではありませんでした。

チェロの演奏そのものは、全く文句のつけようのないほど完璧に弾いていたと思います。

リプキンの並みでないチェロの演奏技法とその完成度の高さには感心しました。

フランクの第1楽章冒頭に現れる、精神の不安定になるような旋律が曲想全体を支配しつつ、やがて第4楽章で精神的安定を取り戻していく、というようなストーリーも十分表現していたと思います。

最後のポッパーの「妖精の踊り」は超絶技巧をさりげなく弾きこなすリプキンのお家芸というところでしょうか。

今回の「クラシック倶楽部を楽しむ」では、リプキンのチェロに対してリームのピアノとの掛け合いが非常に面白かったというのも収穫でした。

最後に、リプキンのチェロの音色について文中で触れたことに関して付け加えます。

リプキンのチェロの音色はフランクの中盤あたりですっかり復活していました。

おそらく、ウォーミングアップ不足だったのではないかと思われます。

最近、国内で開催される演奏会では、演奏会終了後に演奏者自らがロビーに出てきてCDや本にサインをするという光景が見られます。

日本びいきの演奏者が多いということもあって、演奏者のサービス精神によるものかもしれませんが、このような企画をする主催者にも問題があると考えます。

演奏者は、精一杯演奏をすればとてもサイン会に応じる余力などないはずです。

むしろ、ピアノやバイオリンなどを弾くアーティストは演奏後に掌や腕のクーリングダウンをすべきで、サインのためにさらに手を酷使するなどとんでもないことです。

特に、若くて人気のあるアーティストの場合は主催者もサイン会のサービスを企画したくなるのだと思います。

そこには聴き手側からのニーズが存在するという事実があります。

聴き手は素晴らしい音楽をプレゼントされるのですから、それ以上アーティストの負担となるようなサイン会などは求めるべきではないと私は考えます。

アーティストには、そういう無駄な時間を割いて、ウォーミングアップやクーリングダウンをしていただく方が良いと思います。

皆さんはいかがお考えでしょうか。
posted by クラシックマ at 01:52| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月25日

イヨラン・セルシェル

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi 2月18日放送分]

イヨラン・セルシェル ギター・リサイタル

  東京文化会館小ホール

(演奏曲目)
  バッハ 組曲第1番 ハ長調 BWV1007
      組曲第2番 ホ短調 BWV1008
      シャコンヌ BWV1004
  スウェーデン民謡 「さよならわたしの美しい花」
  レノン&マッカートニー 「Here , there and everywhere」

[所感]

今回の「クラシック倶楽部を楽しむ」はイヨラン・セルシェルのギター・リサイタルです。

この日のセルシェルは全曲目を11弦ギターによって演奏しました。

11弦ギターについてはギターをよく弾かれている方はご存知なのかもしれませんが、私はこれまでに演奏を聴いたことがありませんでした。

6弦の普通のギターより重そうで、速いパッセージなどは弾くのが大変なのではないかと思いました。

11弦ギターの発祥の地はスウェーデンということですので、スウェーデン出身のセルシェルが弾くということにも意味深いものを感じました。

11弦ギターの音色は、普通のギターに比べてフォルテの音はやや苦手のようですが、弦が多いだけに深く共鳴した温かい音が出るように思いました。

また、この日はバッハをメインプログラムとしていましたので、セルシェルの11弦ギターの音色を聴きながら、宮廷で演奏されるリュートを想像してみました。

まず、バッハの組曲第1番と第2番ですが、無伴奏チェロ組曲を原曲とするギターバージョンというとらえ方はどうも適切とは言えないのではないかと感じました。

チェロは弦を弓でこする楽器ですから弦を爪ではじくギターとは本質的に違います。

チェンバロのための曲をギターで弾くという場合は、やや共通性もあり、あるいはギターバージョンと言えるのかもしれません。

ということで、2つの組曲をチェロのための曲ということを考えないようにして聴くことにしました。

組曲の第1番も第2番も構成は、プレリュード〜アルマンド〜クラント〜サラバンド〜メヌエット〜ジーグ、という流れになっていましたが、セルシェルの11弦ギターはリズムの刻み方が明瞭で、古典の舞踏曲の羅列にならず、とても変化がある演奏だったと思います。

11弦ギターというのは音に厚みがあり本当にいろいろな音色が出せるものなのだと感心してしまいました。

しかしながら、セイシェルは何かを語ろうとはしていなかったように思います。

むしろ練習曲を弾くように正確に弾いていたように感じました。

チェロの原曲を忘れようとしてはいたのですが、やはりチェロの優しく語りかけるような音色が欠けているからだろうと考えます。

それともう一つは、移調の関係もあったのではないかと思います。

6弦ギターで弾く時には、第1番は原曲ト長調を属調のニ長調で、また第2番は原曲ニ短調を属調のイ短調で弾いているようですので、両方とも原曲を属調へ移調することによりやや華やかさが増す演奏となると思います。

それが、セルシェルは11弦ギターということもあって、第1番を原曲の下属調であるハ長調で、また第2番を原曲より1度だけ上げたホ短調で弾いていました。

私にはよく分かりませんが、セルシェルは11弦ギターの機能を重視して移調効果を抑えていたということかもしれません。

これをもって、セルシェルの演奏についてどうのこうのと言う必要はないのです。

セルシェルがバッハのチェロ組曲を11弦ギターの練習曲として取り入れ、見事に演奏して見せたということ自体が素晴らしいと思うからです。

次に、セルシェルはバッハのバイオリン曲であるシャコンヌを11弦ギターで弾いて見せました。

シャコンヌは前のチェロ組曲と比べると弓が複数弦をこする奏法の多い曲です。

これも爪ではじく奏法とは異質なものと直感していましたが、やはりバイオリンで弾くほどの説得力は得られなかったと思います。

セルシェルはあくまでも原曲に忠実でありたいと考えて11弦ギターの上に音符を乗せていったのではないかと思います。

ですから、シャコンヌもギターの曲としては完璧に成り立っていたのではないでしょうか。

当時チェンバロでバッハのこれらの曲が弾かれていたら、セルシェルの演奏は原曲により近いものになっていたと思います。

このようなことを感じながら11弦ギターの幅のある深い音色を聴いていましたら、セルシェルはアンコールですごいサービスをしてくれました。

アンコールの1曲目は、スウェーデン民謡の「さよなら、わたしの美しい花」という曲でした。

どこかで聴いたことがあるような懐かしい旋律が11弦ギターから溢れ出てきます。

簡単な旋律にもかかわらず、11弦ギターの深く響きのある音色が胸に沁み込んできました。

アンコールの2曲目は、レノン&マッカートニーの曲で「Here, there and everywhere」が演奏されました。

セルシェルはいま50代半ばにかかろうとしている世代ですから、若き多感な時代にビートルズからも影響を受けたのでしょう。

11弦ギターで、どうしても弾いてみたかった曲ではないでしょうか。

セルシェルの音楽に対する幅の広さと好奇心の旺盛さを垣間見ることができました。

今回のクラシック倶楽部は何も考えずに気軽に聴くと楽しいのではないかと思います。
posted by クラシックマ at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月22日

向山佳絵子と仲間たち

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi 2月15日放送分]

向山佳絵子と仲間たち

  バイオリン
    漆原啓子  川田知子
    篠崎史紀  矢部達哉
  ビオラ
    川本嘉子  豊嶋泰嗣
  チェロ
    藤森亮一  向山佳絵子

(演奏曲目)
  エネスコ 弦楽八重奏曲 ハ長調作品7から 第2楽章
  グリエール バイオリンとチェロのための8つの二重奏曲から
          第4番 カンツォネッタ
          第7番 スケルツオ
        バイオリン 漆原  チェロ 藤森
  ヒンデミット ビオラとチェロの二重奏曲
        ビオラ 豊嶋  チェロ 向山
  バルトーク 44の二重奏曲から
          第35番 ルテニアのコロメイカ舞曲
          第21番 新年の歌
          第43番 ピチカート
          第36番 バグパイプ
        バイオリン 川田  矢部
  ヘンデル パッサカリア(ハルヴォルセン編)
        バイオリン 篠崎  ビオラ 川本
  シュポーア 弦楽八重奏曲 第1番 ニ短調 作品65

  JTアートホール アフィニス

[所感]

今回の「クラシック倶楽部を楽しむ」は「向山佳絵子と仲間たち」と題して日本ではまさに円熟して弾き盛りという弦楽器奏者が8人集まって、「いま弦楽器の勉強をしている若者の皆さん、毎日練習、練習で押し潰されそうになっていませんか?弦楽器の演奏はこんなに楽しく素晴らしいものなのですよ!」というメッセージを伝えるような演奏会でした。

向山がこの演奏会の企画や製作を手掛けて作ったと説明されていましたが、本当に行き届いていて素晴らしい企画に仕上がっていたと思います。

このようなわけで、今回のプログラムについては、奏者の技術力といい、演奏内容といいコメントがし難いくらい思う存分に楽しめました。

その中でも、特に面白いと感じたものを抜き出してみますと、最初に演奏されたエネスコの弦楽八重奏曲です。

第2楽章が取り上げられていました。

これはNHKのスタッフによる編集かと思いましたが、演奏後にメンバーの皆さんが拍手を受けて退場したところを見ますとやはり第2楽章しか演奏しなかったのでしょう。

何故かなと思って聴いているうちに、今回の演奏会に集まった8人の演奏者たちが「この演奏会をどんなものにしようか」とワイワイ会話をしている様子が浮かんできました。

8人集まって曲の演奏が始まると、まず、予想外に激しい旋律の出だし、「向山さん、いや大変な演奏会を企画してくれましたね。」「この曲の並び順では・・・」「この曲の選択は・・・」とメンバーからいろいろな厳しい意見や要求が出ます。

向山さんが曲の選択や並び順について静かに説得力をもってメンバーに話します。

メンバーの中から「そんな事を言ったって・・・」などと時々反対意見が出ます。

また、激しく議論をしますが、メンバー全員が前向きに考えていこうと一つ一つの問題について解決策を提案します。

向山さんは、それらの意見に対して包容力のある聞き手にまわり「そうねえ、そこのところは・・・」と調整していきます。

その後も2つのメロディが交錯して弾かれる部分では、最後まで妥協できないというメンバーがいたのかもしれません。

しかし、やがてメンバーみんなの気持が一つになってこの演奏会は始まります。

と、このような勝手な解釈をしながら聴けるように演奏されたエネスコですが、これだけの弾き手が集まったわけですから、弦楽八重奏といっても一人一人の主張がはっきりしていて、しかも曲全体では説得力のあるものに纏まっていたように感じました。

最初にエネスコのこの第2楽章が取り上げられたことで、演奏会全体のポリシーが明確になったのではないでしょうか。

2番目のグリエールでは、漆原のバイオリンが本当によく歌っていました。

漆原の演奏には華があります。

そのわけの一つは一緒に弾いたチェロの藤森にあります。

藤森は日常生活においてもエスコートが上手なのではないでしょうか。

3番目のヒンデミットは、豊嶋のビオラと向山のチェロのちょとした言い争いのようでした。

4番目のバルトークは4つの小曲にそれぞれ表題が付いていますので説明の必要はありません。

ただ、バイオリン教室の発表会で先生ご夫婦が模範演奏をしてくれる時のように、とても和やかで楽しい響きがありました。

5番目のヘンデルは、今回のプログラムの中でも聴きどころの一つでした。

最初の全弓を使った宮廷風の荘厳な旋律がテンポを変えながら次々と変奏されていきます。

通奏低音部が時にはバイオリンで、また時にはビオラでと入れ替わりながら、たった2本の小さな楽器で演奏されているとは思えないくらい豊かな響きを作っていました。

川本のビオラはまるでバイオリンのように弾かれていました。

2本の弦楽器でこれほどまでに感動を味わうのは久しぶりでした。

最後はシュポーアの弦楽8重奏曲です。

この曲は2つのクァルテットを合体させて演奏され、メンデルスゾーンにも影響を与えたものであるということが解説されていましたが、私にはこの曲が19世紀はじめに作られたにもかかわらず、とても現在に近い曲のように感じ取れました。

これは8人の演奏者たちが敢えてそのような意図をもって演奏に臨んだせいかもしれません。

第1楽章:ミステリードラマの始まりを暗示するかのような旋律です。

ある一人の男が、事件に巻き込まれて冤罪を被せられてしまう。男はいつもその事件の時のことが忘れられずに鬱勃とした毎日を過ごしていくという光景が浮かんできました。

第2楽章:やがて男は、普通の社会人として結婚をし、子供もできて幸せな家庭をしているという生活風景が描かれます。

第3楽章:ある日、男は妻に向って自分の暗い過去の事件の話を告白します。

妻は夫の冤罪を信じ、優しく静かに夫の話を聞いて夫を慰めます。

男は、妻の理解により救われ、冤罪を背負いつつ前向きに生きていくことを決意します。

第4楽章:大都会の喧騒の中を颯爽と歩いている男の姿があります。

冤罪により、捜査当局つきまとわれるという不安を持ちながらも自分を信じ、家族のために真剣に暮らしていこうとする男の決意が見えますが、さて、男の運命や如何に?

などと、今風に解釈しながら聴いてしまいました。

とにかく、本日のクラシック倶楽部は向山佳絵子という求心力を持つプロデューサーにより、当代一流の個性ある演奏者たちが適材適所に演出されており、ダイナミックで楽しめる企画であったと感心しました。
posted by クラシックマ at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月21日

アムステルダム・ルッキ・スターダスト・カルテット

(訂正とお詫び)
[クラシック倶楽部を楽しむ]の2月19日掲載プログラム「クリスティアン・リンドベルイ」は、2月13日放送分の誤りでした。ここに訂正してお詫び申し上げます。

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi 2月14日放送分]

アムステルダム・ルッキ スターダスト・カルテット演奏会

  リコーダー演奏
    ダニエル・ブリュッセン
    ダニエル・コシッキ
    アンドレア・リッター
    カレル・ヴァン・ステーンホ−ヴェン

  ブラームス 歌曲集から
       夜警「静かな胸の音」(ヴァン・ステーン・ホ−ヴェン編)
  ルベル 四重奏曲 ロ長調
  アルベニス 愛の歌(ヴァン・ステーン・ホ−ヴェン編)
  ブラームス 13のカノン 作品113から
       「美しい鳥がもみの木の上に」(ヴァン・ステーン・ホ−ヴェン編)
  メールラ ナイチンゲール
  ジャダン ノクターン 第3番
  ジーク アフリカ組曲 第3番

  浜離宮朝日ホール

[所感]

今回の「クラシック倶楽部を楽しむ」はアムステルダム・ルッキ・スターダスト・カルテットによるリコーダーの演奏会です。

リコーダーは日本では小学校の音楽の時間に教材として使用されていますので、とても親しみやすい楽器ではないかと思います。

生徒は普通ソプラノリコーダーを使って授業を受けますが、少し気の利いた学校には、ソプラニーノリコーダーやアルトリコーダー、そしてバスリコーダーが用意してあります。

このように、見慣れたリコーダーですが、このアムステルダム・ルッキ・スターダスト・カルテットは私たちが普段見慣れないリコーダーを使用して楽しい音楽を聴かせてくれました。

また、演奏する曲目も古典から現代にまでわたり、しかもあまり聞いたことがない作曲家の名前なども出てきて、とても興味を惹きました。

まず、1曲目にはブラームスの歌曲集(5つの歌)から夜警「静かな胸の音」が演奏されます。

ソプラノ1、アルト2、バス1の編成で静寂の中で祈るような旋律が流れます。

つづいて2曲目はルベルの四重奏曲ロ長調ですが、私はルベルという作曲家のことを全く知りませんでした。

曲を聴いているとロココ調宮廷時代の香りのする3楽章様式の優美な音楽です。

宮廷の庭園で着飾った恋人たちが語り合い、周りでは子供たちが無邪気にはしゃぎまわっているような情景が浮かんできました。

この曲の編成はソプラノ1、アルト1、テナー1、コントラ1というものでしたが、低音を支えるコントラリコーダーの音程がなぜか不安定で、また、ソプラノリコーダーも時々音が飛んでしまいとても気になりました。

このカルテットは、4人がどのパートを担当するということを決めていないで、曲ごとにパートの担当が変わったりしていましたが、コントラリコーダーについてステンホーヴェンはあまり得意ではないのではないかと感じました。

このことは、後のジャダンのノクターンを演奏したときブリュッヘンのコントラとステンホーヴェンのソプラノという組み合わせがとても充実していたので余計にそのように感じたのかもしれません。

なお、作曲家ルベルは1800年代中頃にパリ音楽院で作曲法などを教えていた先生だそうです。

3曲目は、アルベニスの愛の歌でしたが、ソプラノ1、アルト1、歌口がケーナのようなテナー1、四角形の木製のコントラ1という楽器編成で、使用楽器に目を見張っているうちに終わってしまいました。

次の4曲目のブラームスの13のカノンから「美しい鳥がもみの木の上に」と5曲目のメールラのナイチンゲールは、どちらも鳥がテーマということで続けて演奏されました。

「美しい鳥・・」がソプラニーノ4本で演奏されるとそのまま続いて、「ナイチンゲール」がソプラニーノ1、ソプラノ1、アルト1、バス1のオーソドックスな編成で、本当にナイチンゲールが囀るような美しいハーモニーを作り上げて演奏されました。

ナイチンゲールの作曲家のメールラという人も私はよく知りませんでしたが、17世紀にイタリアを中心に活躍した宮廷オルガニストだそうです。

5曲目は、ジャダンのノクターン第3番でしたが、ソプラノ1、アルト1、バス1、コントラ1の編成で演奏されました。

先ほども触れましたが、このパート担当の編成が一番良かったのではないかと感じました。

1楽章:軽快におしゃべり、2楽章:ゆっくりと、夕べの愛の告白、3楽章:恋人同士が踊りだす、最後は目の回るような速さで・・。などの光景が浮かびました。

この曲の作曲家のジャダンもよく知りませんでした。(恥ずかしいです。)

18世紀後半から19世紀にかけてフランスで最も忙しい音楽家として活躍していたようです。

最後は現代作曲家ジークの作品でアフリカ組曲第3番でした。

本当に次から次へといろいろな作曲家を紹介してくれるので、とても新鮮に感じてしまいます。

編成はソプラノ1、アルト2、バス1で3つの小品が演奏されました。

それぞれの曲に表題が付いていてとても面白く分かりやすいものでした。

誕生日:やあ、おめでとう。と次々と友人がやってくる。

別れ:本当に久しぶりだったなあ。会えてよかったよ。それではまた会おう、さようなら。とそれぞれに帰途につく。

グッド・ニュース:わー、素晴らしく良い知らせだ。早くみんなに知らせなくては。と先を急いで息せき切っている。そら着いたぞ、と一気に喋りまくる。

生き生きとした情景描写は鮮明な音楽となって、心に沁み込んできました。

このカルテットは現代ものをやらせたら本当にすごいと思いました。

今回の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、ごく身近なリコーダーという楽器によって、レパートリーの広い音楽表現を感じることができ、驚きと感動を味わえて何かとても得をしたような気がしました。
posted by クラシックマ at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月19日

クリスティアン・リンドベルイ

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi 2月13日放送分]

クリスティアン・リンドベルイ トロンボーン・リサイタル
  ピアノ 白石光隆

  レオポルド・モーツアルト アルト・トロンボーン協奏曲 ニ長調
  リンドベルイ 「ジョー・ジャック・ビングルバンディット」
  チャイコフスキー 歌劇「スペードの女王」から(リンドベルイ編)
  ドビュッシー 「こどもの領分」から(リンドベルイ編)
  ラフマニノフ アダージョ(リンドベルイ編)
  リムスキー・コルサコフ くまばちは飛ぶ(リンドベルイ編)

  トッパンホール

[所感]

今回のクラシック倶楽部を楽しむはクリスティアン・リンドベルイのトロンボーン・リサイタルです。

リンドベルイについてはまさに知る人ぞ知る、トロンボーンを抱えてソロ演奏で世界中を飛び回っている希少稀有なパーソナリティです。

40代後半の域に達したリンドベルイがトロンボーンという結構肺活量が要る金管楽器をどんな風にして演奏してくれるのか楽しみにしていました。

最初に演奏されたのは、古典派以前ではトロンボーンの曲としては非常に珍しいと解説されていたレオポルド・モーツアルトのアルト・トロンボーン協奏曲でした。

第1楽章はモーツアルト時代独特の宮廷音楽風な曲の流れでしたが、アルト・トロンボーンは途中がホルンのように円形に曲げてあるため奏法が難しいためか、最初のうちは少々リンドベルイの音に冴えがなかったように感じました。

しかし、第1楽章も最後のカデンツアに行き着く頃には楽器も温まって馴染んできたようで、さすがに職人芸的テクニックを見せてくれました。

第2楽章はゆっくりとしたテンポの中で高音部の柔らかな音色と特にロングトーンの包容力のある音色にはすっかり魅せられてしまいました。

第3楽章では歯切れの良いスタッカート(タンギング)が数多く使われ、軽快な舞踏風の雰囲気を醸し出していました。

トロンボーン奏者にとっては貴重な曲と言われるこの協奏曲は、おそらくトロンボーンを手にする者たちの演奏目標になっているのではないでしょうか。

リンドベルイは今トロンボーンを吹いている若者たちに、こんな風に演奏するのだよ、と言っているようでした。

さて、2曲目以降ですが、さすがにトロンボーンのソロのための曲というのはこの世にあまり存在しないようで、リンドベルイ自身の作曲によるものとか他の作曲家の曲をリンドベルイがトロンボーンのソロ用に編曲したものが演奏されました。

まず、2曲目の「ジョー・ジャック・ビングルバンディット」ですが、解説ではリンドベルイの弟子のヨナス・ビルンドが唇に怪我をしてしまい、トロンボーンが吹けなくなっていたのを励ますためにリンドベルイが作曲したものと紹介していました。

曲名の意味はよくわかりませんが、周りにいる気の置けない仲間がビルンドを励ますためにいろいろな声で話しかけている様子を無伴奏のトロンボーンで表現しているように聞こえました。

あるときには低音域からいきなり高音域に飛んで驚いて見せたり、ゆっくりと優しく話しかけてみたり、激しいスタッカートでおどけて見せたりしているのですが、これは弟子のビルンドが唇のリハビリのために練習曲として使えるように考えて作られたものだと思います。

この曲にはリンドベルイの弟子に対する優しい気持ちと頑張れよという励ましが聴き取れて、リンドベルイの人柄がよく表れていると感じました。

解説では、弟子のビルンドはこの後リハビリを経て現役に復帰し、現在活躍中と言っていました。

3曲目はチャイコフスキーの「スペードの女王」をトロンボーン1本(ピアノ伴奏付き)でリンドベルイ風に演じてしまおうという試みです。

実に見事でした!!

リンドベルイが凝縮したチャイコフスキーの旋律は、歌劇「スペードの女王」を語り切っていたのではないでしょうか。

主役ゲルマンと恋人リーザの悲劇的運命を予感させる旋律の間に舞踏会の風景が入り混じり、冬の運河のほとりでの恋人たちの葛藤とリーザの死。そして賭博場でのゲルマンの強気の賭けを表す旋律とその後に続く賭けに負けた絶望の旋律。そしてゲルマンの死。と、トロンボーンがこんなにも情景描写のできる楽器だったとは、リンドベルイにただ脱帽するのみです。

4曲目はドビュッシーの「こどもの領分」からで、6曲の中から(1)小さい羊飼い、(2)グラドゥス・アド・バルナッスム博士、(3)ゴリウォーグのケークウォーク、の3曲が演奏されました。

ピアノ曲であるこれらの曲をリンドベルイのトロンボーンは、最初からトロンボーンの曲だったように鮮明に情景描写を行っていました。

(1)では羊の群れと少年の吹く角笛が響く田園風景を、(2)では子供たちに楽しくトロンボーンを教える先生の姿を、そして(3)では軽快なテンポで歩く人が、あれ?何かあるぞ、ちょっと待てよ。とでも言いたげにしながら先を急いで歩いていく姿が感じ取れました。

これらの情景が本当に目に見えるようで、驚くばかりです。

5曲目はラフマニノフの「チェロ・ソナタ作品19」から第3楽章のアダージョを聴かせてくれました。

リンドベルイのトロンボーンの音色はここまで来て最高潮に達したように思えるくらいゆったりとしたテンポの中で優しく癒してくれるように心に沁み込んできました。

もう、演奏している楽器が何かという問題ではなく流れ出る旋律自体が心地よいのです。

最後は、アンコール曲としてリムスキー・コルサコフの「くまばちは飛ぶ」でしたが、わずか40秒足らずの演奏でリンドベルイにとってはご愛敬というところでしょう。

今回の「クラシック倶楽部を楽しむ」は本当にトロンボーン1本でこんなに楽しんでしまって良いのだろうかと思うばかりでした。

なお、この日にリンドベルイのピアノ伴奏を担当した白石光隆は、リンドベルイのおしゃれで(シャツを3枚も着替えて見せました。)茶目っ気のあるパーソナリティに合わせるようにかなり大胆な伴奏をつけていましたが、リンドベルイの自由奔放な音楽の世界の中で、決して邪魔をすることなく、よく溶け込んで暖かく響くピアノを聞かせ好演をしていたと思います。
posted by クラシックマ at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月16日

扇谷泰朋 川上徹 三輪郁 ピアノ・トリオ演奏会

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi6:00〜] 2月12日放送分

扇谷泰朋 川上徹 三輪郁 ピアノ・トリオ演奏会

  ブラームス ピアノ三重奏曲 ロ長調 作品8
  メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲 ニ短調 作品49から第2楽章

 ハクジュホール

[所感]

クラシック倶楽部を楽しむ、今回のプログラムはピアノ三重奏曲です。

演奏曲目としてはブラームスの全楽章とアンコールでメンデルスゾーンの第2楽章のみを取り上げていました。

また、演奏者はヴァイオリン扇谷泰朋、チェロ川上徹、ピアノ三輪郁という、当世日本を代表する実力派の組み合わせになっています。

解説によると、この3人は今回の演奏会のために初めて一緒に演奏することになったということでした。

扇谷も川上も三輪もそれぞれソロ活動を行う一方、海外も含めていろいろなアーティストとアンサンブルを組んで活動を経験しているので、初顔合わせがどんな調和を生み出していくのかとても楽しみでした。

まず、ブラームスのロ長調作品8(第1番)ですが、ブラームスが20歳の時の作品を36年後の56歳の時に改訂したものと言われています。

今回はその改訂版で演奏されました。

この曲の初版にブラームスが自身でどれほど手を加えたのかは、いろいろな説があるようですが、曲全体を通してみるとブラームスが20歳という若き日の感受性の強い自分が作った作品を自分自身の温かい気持ちで受け止めながら、そこに過ぎた日への回想ともう取り戻せない若さへの激しい切なさを付け加えていったのではないかと感じます。

つまり若い時の自分の姿を56歳になった別の自分が一枚の絵を見るように見ている部分(漱石の非人情の世界に似ています。)と56歳になった現在の自分の心情を映し出している部分を併せ持つ作品だと思います。

第1楽章:最初のピアノの序奏に導かれてブラームスは自分の20代に過ごしたのどかな青春の風景をそのまま素直に情景描写します。

ここでは川上のチェロの音色の美しさが、聴く者を過去のロマンティックな思い出に誘っていきました。

多感なブラームスがシューマンと出会い、その妻クララに淡い憧れを抱き始めるような日々を暗示して主題のテーマが何度も繰り返し出現します。

第1楽章は20歳のときの原曲がそのまま残されているのではないかと感じさせるほど初々しいものとなっています。

第2楽章:チェロの刻むような序奏から始まり、青年ブラームスの心の中に最初は小さく、やがて心を震わせるような感情の高ぶりが起こります。

もしかして、ブラームスはクララに対して激しい思いを寄せはじめていたのかもしれません。

ブラームスのそんな思いを受け止めるクララの気持ちは実にすがすがしく、姉のように包容力のある旋律で表現されます。

それでも、ブラームスの心はクララへの激しく切ない気持ちを持ったままこの楽章は終わります。

第3楽章:ブラームスはこの楽章で36年間の歳月の流れを表そうとしていると感じられます。

ゆっくりとしたピアノの序奏から静かな山村の風景が浮かび上がります。

山際から日が昇っては柔らかい日差しを降り注ぎながらやがて西の空に沈んでいきます。

時々は鳥が日暮れの空を巣に戻るため飛んでいきますが景色は何も変わりはしないのです。

静寂の中で、ブラームスの回想は走馬灯に映る絵のように流れます。

歳月はブラームスがクララに抱いた気持ちを変えることなくただ静かに過ぎていったという情景が思い浮かびました。

第4楽章:チェロが昔の思い出を語りかけるように始まります。

ブラームスは昔抱いたクララへの激しく切ない気持ちを思い出したりしますが、でも、もう昔の時間は取り戻せないことが分かっているのです。

若き日のエネルギーに満ち満ちていた自分の姿を見つめるもう一人の自分に気がつきます。

もはや取り戻せない時間に対する激しく切ない気持を持ちつつ終曲を迎えます。

この曲を通して、ブラームスが若き時代にシューマンとその妻クララに出会い親交を深めていったことが彼のその後の創作活動に大きな影響を与えているということが理解できるように思います。

この演奏会のために初めて結成したという扇谷、川上、三輪のピアノ・トリオは本当に素晴らしいブラームスを演奏しており感動しました。

一つには、ピアノの三輪のアンサンブルに対する心配りがすごいと思いました。

三輪は初顔合わせの3人をしっかりとピアノ旋律でまとめており、聴く者に心地よい安定感を与えてくれる実力派だと思います。

そして、川上のチェロはアンサンブルの調和を保ちつつ聴く者の胸の中に深く入り込んでくる実に説得力のある響きを持っていると強く感じました。

また、扇谷はコンサートマスターとしての力量をもって、どちらかというと古典的といわれるブラームスのこの曲をロマンティックな演奏へと導いていっており、とても新鮮さを感じてしまいました。

2曲目のメンデルスゾーンについては、アンコールで演奏されたため、有名な2楽章のみの演奏でした。

この3名のメンバーの手にかかっては聴く者をやさしく癒してくれるような気持ちにさせてくれました。

是非、全楽章を同じメンバーの演奏で聴いてみたいと思います。
posted by クラシックマ at 02:24| Comment(1) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月15日

マリインスキー ブラス・アンサンブル

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi6:00〜] 2月11日放送分

マリインスキー ブラス・アンサンブル演奏会
  指揮 アレクセイ・レプニコフ

  リムスキー・コルサコフ 歌劇「ムラーダ」から
          「貴族たちの行進」(マルティノフ編)
  ムソログスキー 交響詩「はげ山の一夜」(ポーシン編)
  ショスタコヴィチ 祝典序曲 作品96(イワノフ編)
  ムソログスキー 組曲「展覧会の絵」(レプニコフ編)

  すみだトリフォニーホール

[所感]

クラシック倶楽部を楽しむ、今回のプログラムはロシアのマリインスキー劇場管弦楽団の金管楽器奏者が編成しているブラス・アンサンブルが全てロシアの作曲家の作品、言わばご当地ソングを持って乗り込んできました。

日本はブラスバンド活動が世界的に見てもかなり盛んに行われている国ではないでしょうか。

ですから、このような演奏会はとても親しみやすいものとして受け止められると思います。

マリインスキー劇場と言えば、今、飛ぶ鳥をも落とすほどの話題性のあるワレリー・ゲルギエフが芸術監督であることで知られています。

もちろん、ゲルギエフが管弦楽団を指揮しているわけで、今回来日した金管楽器メンバーたちはその話題性の渦中にいるということになります。

普段は、オペラやバレーのどちらかというと裏方的立場にあるメンバーがどんな演奏をして聞かせてくれるのか興味のあるところです。

まず、「貴族たちの行進」と「はげ山の一夜」はトランペット2、ホルン1、トロンボーン1、チューバ1にパーカション2という編成、指揮者なしで演奏されました。

「貴族たち・・」は曲想そのものが行進ですから着飾った貴族たちがゆっくりとやや高慢ちきに行進していく様子が金管楽器だけの編成にもよく合っていたと思います。

一方、「はげ山・・」ですが、もともとはムソログスキーが作曲(未完)したピアノ曲をリムスキー・コルサコフがオーケストレーションした一般に広く知れわたっている交響詩をブラス用に編曲していたので、各パートの一人ひとりにかかる個人技の負担は相当なものではなかったかと思います。

前半のチューバの音のばらつきが少々気になりましたが、後半安らぎのメロディの部分になって落ち着きを取り戻し、面白く聴くことができました。

次の「祝典序曲」と「展覧会の絵」はトランペット4、ホルン2、ユーフォニウム1、トロンボーン3、チューバ1、パーカッション2という編成、指揮者付きで演奏されました。

「祝典序曲」のほうは日本国内でもブラスバンドの演目としてよく取り上げられる名曲です。

私の印象では、管弦楽よりウィンド・オーケストラで聴く機会のほうが多いように思います。

今回は、さらに金管楽器アンサンブル用に編曲しての演奏でしたが、編成にごく自然に合っていて素晴らしい曲だなあと感心してしまいました。

ショスタコヴィチが1954年のロシア革命35周年を記念して作曲したというだけに歓喜の情熱が伝わってくるようで、モスクワ五輪の開会式でも演奏されたとのこと、さすがにご当地ソングでした。

最後に「展覧会の絵」が演奏されました。

指揮者のレプニコフの編曲によるものとなっていましたが、ラヴェルがオーケストレーションした輪郭のはっきりした絵画が、やはり管弦楽の演奏ではないこともあってところどころデフォルメされた絵画になってしまっていたことは否めないでしょう。

2番目の古い城では金管楽器とは思えないほど哀愁を帯びた優しい音色を作っていましたし、7番目のリモージュ市場では女たちが言い争っている情景が浮かび上がってくるようでした。

ただ、4番目のブイドロではせっかくユーフォニウムを登場させたのに音質的な物足りなさを感じました。

また、最終章になっていく過程で(たぶん疲れてきたのだと思いますが)音程はずしがやや目立ちました。

でも、今回の演奏会はいちいち細かいところに目くじらを立ててどうのこうと言う必要は全くありません。

ロシアのブラス・アンサンブルがロシア人作曲家による管弦楽曲を集めてマリインスキー劇場風に楽しく聴かせてくれただけで大感激です。

最近、いろいろな海外オーケストラのブラス・アンサンブルが日本に来るようになりましたが、それだけ日本で吹奏楽が盛んだということが海外に浸透してきている証拠ではないでしょうか。
posted by クラシックマ at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月13日

フランソワ・ブランシェ

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi6:00〜] 2月8日放送

フランソワ・ブランシェ製作(1765年)のチェンバロによるリサイタル

  演奏者 中野振一郎

  クープラン プレリュード ニ短調
         ハープシコード曲集 第3巻から
           葦(第13組曲から)
           恋のうぐいす(第14組曲から)
  ラモー ハープシコード曲集から
          アルマンド
          やさしい訴え
  フォルクレ ハープシコード曲集から
          ラモー
          シルヴァ
  クープラン プレリュード 変ロ長調
         ハープシコード曲集 第2巻から
           心地よい恋やつれ(第6組曲から)
  ロワイエ スキタイ人の行進
  デュフリ ハープシコード曲集から
          三美神(第3巻から)
          ヴィクトワール(第2巻から)

  アクトシティ浜松

[所感]

 前日のクラシック倶楽部を楽しむで少し緊張感と疲労感が残っていた私ですが、その翌日には優雅で癒しの時間をちゃんと組んでくるというところがNHK製作スタッフのすごいところです。

クラシック倶楽部を楽しむ、今回のプログラムは「視聴者の皆さん、理屈など抜きにして3世紀前のフランス宮廷音楽を堪能してください!」と言っているような企画です。

楽器の歴史について私は詳しくありませんが、この演奏会で使用されるチェンバロは1765年にフランスの名工フランソワ・ブランシェ(U世)により製作されたものと紹介されていました。

アメリカを経由して浜松市楽器博物館に所蔵されているもので、当時のオリジナルとしては現在では世界に10台に満たない数しか残っていないということです。

このように貴重ではありますがどちらかと言うと骨董品的楽器を、浜松市楽器博物館が詳細に調査して修復すれば楽器として十分使用できるとの判断で修復・調整を行ったそうです。

ヴァイオリンのように構造が簡単な小型木製楽器であれば300年も前のものがまだ現役の名器として使用されているということを納得できるところですが、チェンバロのような複雑で大規模な構造の木製楽器が250年の時代を経た現在に修復されて楽器の命を蘇らせたというのは本当にすごいことだと思います。

さて、演奏の方ですが、つい先日のクラシック倶楽部でアレクサンドル・タローがピアノで聴かせてくれたクープランがプログラムに入っていました。(「葦」はタローも弾いていました。)

タローのリサイタルのときにクープランの活躍したルイ14世時代の音楽をチェンバロの演奏で聴いてみたいと思っていたので、NHKのこの企画は本当にありがたいです。

演奏者の中野振一郎も今もののレプリカのチェンバロと比べれば決して弾きやすいとは思われないこの250年もののチェンバロを見事に弾きこなしていたと感じ取れました。

このチェンバロはクープランの仕えていたルイ14世のバロック様式より後代のルイ15世時代に、かのポンパドール夫人がサロン文化をフランス王室に持ち込んでロココ様式が確立した頃に製作されて、それ以降のルイ16世、マリー・アントワネットの時代にどこかの宮廷で弾かれていたことになります。

チェンバロにデコパージュ(あるいはハンドペインティングか)されたロココ調の絵画と彫刻されたイマージュが中野の演奏と重なり合って優美な宮廷に誘い込んでくれるような気分でした。

そんなリラックスムードで聴き入っていたのですが、曲目がロワイエの「スキタイ人の行進」に移るや否や、突然ブランシェのチェンバロが激しく勇壮に音をかき鳴らすのです。

中野の演奏技術は素晴らしく、また250年の月日を経た楽器も中野の要求にしっかりと応えて力強い音色を出していたと感じました。

音楽表現には歴史的背景が必要だと言われます。

しかし、今回は歴史そのものともいえるブランシェのチェンバロが奏でる音楽があるだけでとても心地良く、ロココ文化への回帰のような体験ができたのではないかと思います。

とにかく、“ブラボー!クラシック倶楽部”です。
posted by クラシックマ at 16:41| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月12日

中野翔太

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi6:00〜] 2月7日放送分

中野翔太 ピアノリサイタル
  ラヴェル 「鏡」から
         蛾
         悲しい鳥
         道化師の朝の歌
  リスト ピアノ・ソナタ ロ短調
  リスト 「慰め」 第6番(初版)
  ショパン マズルカ イ短調 作品17-4

  トッパンホール

[所感]

クラシック倶楽部を楽しむで、NHKがまたやってくれました。

前日のプロティッチの熟したピアノ演奏に対して、すぐ翌日に20代前半の新進気鋭中野翔太をぶつけてきたのです。

思うに、NHKのクラシック倶楽部の番組を編集しているスタッフは相当なプロフェッショナルなのでしょう。

このところずっと続いているピアニストのメニューですが、視聴者にもう沢山だと言っている暇を与えません。

1時間弱の放送の中に実演コンサートの演奏曲目をうまくピックアップして、ごく自然に編集を加えています。

さて、中野翔太の演奏ですが細く気弱な外見とは不釣合いと思われるくらい自己主張をする明確で迫力に富んだピアノの音色を出せる弾き手と言えます。

その特徴が良く出ていたのは、やはりラヴェルではなかったかと思います。

「鏡」の中から1曲目の蛾、2曲目の悲しい鳥、そして4曲目の道化師の朝の歌を演奏していました。(NHKの編集によるものか?)

ペダル操作の多いラヴェルでありながら音の一つひとつの輪郭がはっきりしていて、テーマを持っているそれぞれの情景に対して音楽表現が素晴らしいと感じました。

中野の若さがなければこのような衝撃的ラヴェルは聞くことができなかったでしょう。

しかし、この若さ故に、胴体が太く不恰好に飛ぶ蛾を時には蝶々のように(格好よく飛ばして)してしまったり、悲しい鳥がすこぶる元気であったり、道化師の孤独で自嘲的な一面を引き出せなかったりしていることも否めないような気がしました。

とにかく、技術的な面では抜群のテクニックを持っていて若くして既に完成しているということは間違いないと思います。

中野は何故かラヴェルに続く曲目を全て内面性の深い、自己表現が特に要求されるものとしたのです。

これもNHKの編集によるものかは分かりませんが、いずれにしても次のリストのソナタ以下の演奏曲目について大きな課題を残したのではないかと思われます。

まず、難解極まりない(と私は思っています。)リストのソナタですが、中野は演奏としては実に完璧というまでに弾き切っていました。

聴き手の問題なのかもしれませんが、確かに見事に弾いたことには感服したのですが何も心に響くところがなかったように感じます。

途中にフーガ形式の展開があって何かが起こりそうな期待をしたのですが、何も起こらず退屈なまま終わってしまいました。

これは聴き手の私が悪いと思うのが正解でしょうが、もしも中野の演奏構成や演奏体験によるところがあったとしたら、少し残念な気がします。

中野はどのような物語を心に描いて聴くものに伝えようとしていたのでしょうか。

私はもっと中野という演奏家のほかの演奏曲目を聴いて彼の音楽性を確かめたいと強く感じました。

リストのソナタを聴いてこのように感じていたのですが、次にリストのコンソレーションから第6番、さらにショパンのマズルカ作品17-4と内面性の深い小品が2曲続くことになり、私は混乱します。

中野はラヴェルにおいて若くて瑞々しいピアノによる情景描写を完璧までに見せてくれたのに、その後に何故これほどまでに内面性が求められる曲ばかり敢えて選んだのでしょうか。

彼の若さに溢れるチャレンジ精神がそのようにさせたのだと私は思います。

もちろん若い演奏家にとってこのような前向きなチャレンジ精神は大切なことで、聴き手もそれを理解して寛容な気持ちを持って聴き、彼らの成長を見守っていく必要があります。

しかし、この日の中野翔太のリサイタルは聴き終わった後でとても疲労感の残ったものでした。
posted by クラシックマ at 16:26| Comment(1) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月11日

スベトラ・プロティッチ

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi6:00〜] 2月6日放送分

スベトラ・プロティッチ ピアノリサイタル
  
  クレメンティ ソナタ集から
            変ロ長調 作品47-2 第1楽章
            ニ長調 作品26-3 第1楽章
            変ロ長調 作品12-1 第3楽章
  バッハ 平均律クラヴィール曲集
            第1巻 ロ短調から「前奏曲」(ジローティ編)
  シュテルツェル 主よあなたが間近にいらっしゃれば
  バッハ 前奏曲とフーガ イ短調 BWV543(リスト編)
  シューベルト 楽興の時 D780 から
            第2番 変イ長調
            第3番 ヘ短調
            第6番 変イ長調

  スタジオコンサート

[所感]

クラシック倶楽部を楽しむは、このところピアノコンサートが続いていて、いろいろなタイプのピアニストに出会える訳ですが、今回のプロティッチはシガーバーから空気の澄んだ山村に私を誘い出してくれたような、爽快感をもたらしました。

プロティッチのピアノの音色を聴いていると、とても呼吸がしやすくなるのです。

実は、プロティッチについては全く予備知識がなかったのです。

しかし、いきなりクレメンティのソナタ47-2を弾き出して、「かのモーツアルトがクレメンティの霊感を受けて歌劇魔笛序曲を作ったのよ!」とクレメンティの紹介をしてきました。

それに続く26-3ではピアノの音をひと粒ずつ丁寧に拾って、清らかな小川の流れに一枚の木の葉が落ちて、流れに身をまかせながらいろいろな形の変化を見せて流れていく様子を表すようなクレメンティの繊細で洞察力のある作風を見事に表現していました。

そして、12-1では3度和声によって二人の少女を登場させ、そのあとに続く7つの変奏で二人の少女の楽しいおしゃべり、ちょっとした諍い、同情そしてスキップしながら歩くしぐさなどの情景描写を聴く者に感じさせてしまいます。

プロティッチにはクレメンティをたった3曲でしかも楽章を選んで、「これがクレメンティよ!」と聴く者を納得させる力があったと考えます。

続いてシュテルツェルを間に挟んでバッハを2曲演奏しましたが、まず最初の前奏曲で深い祈り、中間の主よ・・では抱擁される安心感、そして最後の前奏曲とフーガでは比較的ゆっくりとしたフーガで神に対する深い信仰へ導いていくという繊細ではあるけれど内面に骨太なテーマをしっかりと構成して演奏を聴かせていました。

最後のプログラムとしてシューベルトの楽興の時が組み込まれていましたが、放送途中のインタービューの中でプロティッチ自身が戦争体験をしてかなり厳しい状況に置かれたと話しており、彼女がシューベルトの生涯についての研究者であるということと考え合わせると、どちらかというと生前不遇であったシューベルトに彼女自身の人生が重なり合うところがあるのかと思われます。

そのような意味において楽興の時からの選曲は、母親の愛に子供が一心に縋りつくような情景描写(シューベルトの愛への憧憬か)を思わせる第2番と第6番の間に、シューベルトが過ごした当時の社会描写を表すような第3番を入れるという構成になっていました。

プロティッチの楽興の時は全曲演奏しなくても、3曲だけで非常に明解にシューベルトの音楽と時代を表現していたと思います。

プロティッチは、現在日本においてピアニスト養成に尽力しているということですが、これほど音楽に対して厳格かつ明解な洞察力をもつ指導者がいるということは日本の若手ピアニストにとって幸せなことだと言えるでしょう。
posted by クラシックマ at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月10日

アレクサンドル・タロー

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi6:00〜] 2月5日放送分

アレクサンドル・タロー ピアノリサイタル
  
  クープラン クラヴサン曲集から12曲
  ショパン 小犬のワルツ 作品64第1
  バッハ 協奏曲 ロ短調 BWV979よりアンダンテとアダージョ(タロー編)
  
  王子ホール

[所感]

クラシック倶楽部を楽しむ、今回の演奏曲目はクープラン(フランソワ)ということで、ルイ王朝時代の好きな私は宮廷音楽をリラックスした気分で聴けると思っていました。

でも、演奏者のタローについてはほとんど知識がなかったので一体どんな演奏会になるのだろうという興味もありました。

まず、17世紀のクラヴサン曲ならチェンバロを使用すれば優雅さも増すだろうにと考えていたのですが、タローのピアノの音色を聴いたとたん、「これもありなんだ!」と感じるくらい驚いてしまいました。

長くてやや細めの彼の指が作り出すピアノの音色は、多彩でいて時にはこもりがちにもなりますがそれはあくまでも宮廷風でクラヴサン風(鍵盤楽器)なのです。

最初のうちしばし、バロック音楽独特の装飾音がチェンバロの響きとは少し違い気になっていたのですが、すぐにタローの演奏の魔法にかかってしまったようです。

字幕ではこの日の演奏会は曲集の全27曲のうちからタローの自由な選択で12曲が選ばれたと紹介されていました。

演奏順に

1:ロジヴィエール(第5組曲) まず、ようこそのアルマンド。

2:尼さんたち(第19組曲) 修道女でもやはりおしゃべり好き。

3:葦(第13組曲) 物思いに耽る。考える葦か。

4:プラチナ色の髪のミューズ(第19組曲) 妖艶な誘惑。だが寄せつけることはない。

5:神秘的な防壁(第6組曲) 心を閉ざす内面的な壁。

6:手品(第22組曲) 道化姿の手品師が素早く動き回る。

7:双生児(第12組曲) 仮面を被ったもう一人の王様の苦境と癒し。

8:パッサカリア(第8組曲) 着飾ったご婦人方が王様に謁見。

9:さまよう亡霊(第25組曲) 気弱な亡霊が物言いたげに現れる。

10:凱旋からの戦いの響き(第10組曲) ラッパの音と共に騎馬隊、歩兵の行進。

11:シテール島の鐘(第14組曲) ヴァトー絵画を思わせるのどかな風景。

12:ティク・トク・ショク(第18組曲) お洒落なお話もこれでおしまい。

となっていました(右注書は筆者の付け足しです)。

タローはこの日の最後(NHKの編集によるものか)でバッハを自分流に編曲してドイツバロック的荘厳さにフランス風な味付けをしていたように、クープランでも素晴らしく洒落たフランスならではの曲並びを構成していたと感心させられました。

それぞれの曲がテーマを持っているにもかかわらず、17世紀から18世紀のフランス王朝絶頂期の風景をお洒落で、またある時は風刺的に語っていくごく自然なタローの演奏の構成力には、フランス音楽の数少ないスペシャリストとしての風格が備わっていると思うのは私だけではないでしょう。

なお、ショパンの小犬のワルツも演奏しましたが、これも全くフランスなまりの軽快さを感じてしまいました。
posted by クラシックマ at 00:02| Comment(1) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月08日

アレクサンドル・メルニコフ

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi6:00〜] 2月4日放送

アレクサンドル・メルニコフ ピアノリサイタル

  シューマン 交響的練習曲 作品13
  スクリャービン 幻想曲 ロ短調 作品28
            2つの詩曲 作品32
  ショパン 24の前奏曲 作品28から第6番
                        第3番

  東京オペラシティコンサートホール

[所感]
 
クラシック倶楽部を楽しむ、今回はアレクサンドル・メルニコフのピアノリサイタルです。

ピアノの先生が生徒に向かって「ピアニストになるためには幼いころからたくさん本を読んで、自分の頭の中にいっぱい物語を創っておくのがいいのよ。」と言っているのを聞いたことがあります。

メルニコフのシューマンを聴いていて、きっとこの人は自分の世界にたくさん引出しをもっていて、いろいろなお話を創っていくことができる演奏家なのだなと思いました。

シューマンの交響的練習曲はその題名が示すように12の練習曲の集まりでありながら、その12曲が交響曲のようにひとまとまりになって一つの物語を作っていくという構成になっているのではないでしょうか。

メルニコフは練習曲7と8の間に遺作変奏曲の4と5を挿入しました。

私はこのような曲の組み込み方がごく一般的なものか分かりません。

しかし、メルニコフがこの日にピアノで語ろうとしていた物語にはどうしてもこの部分に遺作変奏曲の挿入が必要だったに違いありません。

何故なら、練習曲1から7までの流れが遺作によって分断され、練習曲8から12までが全く違ったシチュエーションとして表現されていたからです。

これこそメルニコフの物語創り(内面性)のすごさだと思います。

練習曲1:新米OLが感じるこれから始まる生活への期待と不安。

練習曲2:仕事に慣れてくると同時に、やや退屈を感じる日々。

練習曲3:変化を求めて恋でもしてみようか。

練習曲4〜6:練習曲3の変奏による恋につきまとう喜び、嫉妬、倦怠。

練習曲7:変化を求めていろいろやってみたが行き先が見つからないという焦る気持ち。

−−− ここまでを前半として、心もとないOLの心理描写をしている。

遺作変奏曲4:これまでのことをゆっくり考える。

遺作変奏曲5:これまでの生き方では駄目だと目覚める。

−−− 遺作の挿入により後半でOLの心境ががらりと変わる。

練習曲8:どっちつかずのOLと決別してキャリアウーマンとしての自立を決心。

練習曲9:キャリアウーマンとして忙しく仕事に没頭する。

練習曲10:疲れもモノともせずがむしゃらに、やや単調な仕事の毎日。

練習曲11:果たしてこれでいいのだろうか、昔を思い出す。

練習曲12:キャリアウーマンとして日常に新しい発見をしながらの成功の道を邁進しよう。(果して彼女の運命や如何に!の余韻。)

 上のようなことをストーリーとして描きながらメルニコフの演奏を聴いてしまいました。

まるでOLに対する応援歌のようで、OL必聴ものです。

脳みそに詰まっているものが貧相なため下手な情景描写ですみません。

でも、言いたかったことはメルニコフが遺作を中間に挿入することによって前半の不確かな意志を確かな意志へと展開しているということなのです。

この説得力の素晴らしさには感動しました。

メルニコフは見た目は大柄ではありますが、きっと心の奥底にナイーブな物語をたくさん作れるような才能を身につけた演奏家だと言えるのではないでしょうか。

 また、変化を作るといえば、スクリャービンの「2つの詩曲」で、静かで落ち着いた気持ちを第1番で、そして躍動感あふれる気持ちを第2番で見事に演じ分けていたのは正にメルニコフの真骨頂というところでしょう。

 さらに対照的と言えば、スクリャービンの幻想曲を大きな体全体を使って演奏する場面展開を見せたのに対し、ショパンの前奏曲2曲は指先だけで豊かな表現力を見せるなど、メルニコフはやはり只者ではないという印象を強く受けました。
posted by クラシックマ at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月07日

ウラディーミル・ミシュク

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi6:00〜] 2月1日放送

ウラディーミル・ミシュク ピアノコンサート

  シューベルト 楽興の時 作品94 D780

  リスト パガニーニの主題による大練習曲から「鐘」
      愛の夢

  東京オペラシティコンサートホール

[所感]
 
クラシック倶楽部を楽しむ、今回はウラディーミル・ミシュクのピアノコンサートです。

まず、楽興の時から始まります。

第1番:若くて美しい母親が小さな子供を抱いて佇んでいます。

母親はわが子にこれから起こるであろう予言的な旋律に脅えているように見えます。

第2番:母親の愛情をいっぱいに受けて子供は母親の胸で安心し切っています。

突然、子供は何かに脅えるように泣き出すが、母親の温かな胸の中で安心して静かに眠ってしまいます。

母親はいとおしいわが子にまだ何かが起きるのではないかと不安を持ち続けています。

第3番:今日は子供たちの楽しいお遊戯の日。母親は我が子がはしゃぎまわるのをやさしいまなざしで見守っています。

第4番:子供は無邪気に飛び回っているが、母親は我が子との別離がやがてやってくるのではないかという予感に取りつかれています。

第5番:激しく風の吹き荒れる嵐の日に、とうとう母親が心配していたことが起こります。

母親に抱きかかえられた子供が高熱を出して苦しい苦しいと泣きます。

風は容赦なく激しく吹き続けます。

母親は子供をしっかり抱きしめて不安そうに子供の顔を覗き込むことが精いっぱいなのです。

第6番:やがて風はおさまり、母親は安堵の念を持って抱きかかえている子供を覗き込みます。

安らかに眠っているように見えます。

が、子供の息は絶えていました。

子供はほんの短い人生を経て天国に召されてしまったのです。

母親はとても悲しいには違いないのですが、何故か不安から解き放たれた安堵感を感じながら神に祈りをささげ続けるのです。

ミシュクは、ピアノの音色に明暗を付けて私に上のような物語を聞かせてくれました。

何かに似ていますね。

そう、同じシューベルトの歌曲「魔王」です。

「楽興の時」には歌詞こそ付いていませんが情景描写がとても「魔王」に似ているように思いました。

ミシュクの表現力がとても豊かでそのように感じさせてくれたのではないでしょうか。

ピアノが実にいろいろな音色を奏でて物語を語っていました。

私には演奏の技術力のことは良くわかりませんが、とにかくミシュクの物語を語りかけるような演奏にはすっかり魅了されてしまいました。

後半のリストの2曲はアンコールとして演奏されたものと思われますが、これらの難曲をアンコールに持ってきて弾き上げてしまうサービス精神にはびっくりします。

特に、「鐘」の中で使われるノンペダル奏法などには彼の技術的非凡さを垣間見ることができます。

日本国内での演奏会が多いミシュクですが、彼の素晴らしい表現力を駆使して、もっと多くの作曲家のレパートリーに挑んでいってもらいたいと思っています。
posted by クラシックマ at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月06日

及川浩治&若林 顕

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi6:00〜] 1月31日放送

A:及川浩治 ピアノリサイタル

  クライスラー 愛の悲しみ(ラフマニノフ編)
  ラフマニノフ ヴォカリーズ(コチシュ編)
  クライスラー 愛の喜び(ラフマニノフ編)
  ワグナー イゾルデ 愛の死(リスト編)

  東京カテドラル聖マリア大聖堂

B:若林 顕 ピアノリサイタル

  ショパン 華麗な円舞曲 作品34の1
       ワルツ イ短調 作品43の2
       序奏とロンド 変ホ長調 作品16
       ノクターン 変ホ長調 作品55第2

  トッパンホール

[所感]

クラシック倶楽部を楽しむ、今回は及川浩治と若林顕のピアノリサイタルです。

NHKのクラシック倶楽部の番組企画力にはいつも驚かされています。この日の出し物もそれぞれ異なる演奏会日のものを魅力的に組み合わせていました。

今や日本の主軸となる若林顕と及川浩治の演奏会から敢えて曲風の違うプログラムを演奏させて、この2演奏家の持ち味がより明確になるような構成になっていたのではないかと思います。

Aプログラム:

 及川浩治の5年ほど前(2003年)のリサイタルからの抜粋ですから彼が30代半ばで、まさにエネルギシュな演奏といえます。

演奏曲目はいずれも小品ですがクライスラーの2つのヴァイオリン曲をラフマニノフ編で、またラフマニノフのヴォカリーズをコチシュ・ゾルターン編で、さらに楽劇トリスタンとイゾルデのイゾルデが最後に歌うアリア「愛の死」をリスト編で弾いて聞かせています。

どれもピアノ曲としては超絶技巧的に編曲されており、しかも使用したツールは河合のコンサートピアノでしたが、音色はやや硬いけれども及川の演奏法に十分反応していたように感じられました。

特に、Bプログラムの若林がシュタインウエイで奏でる音色との対比も大変興味深いものがありました。

愛の悲しみと愛の喜びはヴァイオリン曲として情景対比が良く出る演目ですので普段気楽な気持ちで聴いておりますが、ラフマニノフの編曲によるこの日の及川のピアノ演奏は緊張感と迫力に満ち満ちていて圧倒されてしまいました。

ヴォカリーズでしばし心癒された後、イゾルデの愛の死を歌う旋律、愛にこんなにものめり込めるものならもう一度十代に戻ってみたいと思う程の熱い演奏でした。

及川の端正な風貌から滲み出る激情を大聖堂とそこにアレンジメントされた白百合の花がそっと包み込んでくれるような素晴らしい舞台設定でした。

Bプログラム:

 後半は若林顕がショパンの小品で纏め上げます。

先ほども述べましたが、極めて正確なタッチでシュタインウエイからショパンの軽快な音色を作り上げていきます。

若林はよく正統派と言われますが、彼が淡々と(と思われるくらいに)ピアノに正対して音作りをしている姿がカリスマ的職人のように見えるせいかもしれません。

それほどまでに若林の演奏は作曲者に忠実であるように感じられるのです。

これはプログラムの全曲がショパンであったということで一層明らかにされたのではないでしょうか。

それでいて、簡単に弾きこなしてしまいながら、ショパンはやはり若林のショパンなのです。

円舞曲、ワルツ、ロンドそしてノクターンへとそれぞれ全く違う曲想を引き出しながら聴き手をショパンの世界へ導いていきます。

この演奏家はもはや円熟の域に達していると思うのは私だけではないと思います。

前半の及川によって大きく揺れた私の心を若林は優しくクーリングダウンしてくれたように思います。

機会があれば、二人の演奏家のAプロとBプロを入れ替えて聴いてみたいという気持ちにしてくれたとてもよい企画でした。
posted by クラシックマ at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月05日

コブリンとアンデルジェフスキ

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[BShi6:00〜] 1月30日放送分

A:アレクサンダー・コブリン ピアノリサイタル
  シューマン「子供の情景 作品15」
  浜離宮朝日ホール

B:ピョートル・アンデルジェフスキ ピアノリサイタル
  バッハ「イギリス組曲 第6番 ニ短調 BWV811」
  紀尾井ホール

[所感]

クラシック倶楽部を楽しむ、今回はアレクサンダー・コブリンとピョートル・アンデルジェフスキのピアノリサイタルです。

Aプログラム:

 コブリンといえば浜松国際ピアノコンクールで最高位を獲得したこともあり、日本では人気の高い若手ピアニストの一人で、私にはショパン弾きという印象が強く焼きついていたのですが、そのコブリンがショパンではなくシューマンの「子供の情景」を弾いていました。

シューマンの子供の情景といえば晩年のホロヴィッツなどが円熟の境地の中で弾き語る景色が重なるのですが、よく考えるとシューマンが子供の情景を作曲したのが28歳のとき、1980年生まれのコブリンの年齢と重ね合わせるとむしろ弾きごろと見てもいいのかもしれません。

従って、演奏内容は静観的というより体感的と感じられるところが多く3曲目の鬼ごっこや6曲目の大事件などは自分が当事者的に曲の中に入り込んでいるようでした。

また、トロイメライをはじめ終曲の詩人のお話などの叙情的旋律も自らの体感を捉えて表現していたと思います。若き演奏者の「子供の情景」は私に全く新しい演奏表現を体験させたのです。

30年後にコブリンが子供の情景をどのように演奏しているのかとても興味のあるところです。

Bプログラム:

 NHKもなかなかやるものです。同じ日のクラシック倶楽部にアンデルジェフスキとコブリンを並べてきました。

アンデルジェフスキは若手と言われていますが1969年生まれでコブリンよりも10歳以上年上です。そろそろ中堅どころの実力派といって良いのではないでしょうか。

しかもアンデルジェフスキはきわめて内面性の深い演奏をすることでも高く評価されている演奏家の一人です。

この日はバッハの「イギリス組曲 第6番」を演奏しました。

まず、アンデルジェフスキのキータッチに魅せられました。バッハはイギリス組曲を作るにあたって、初期のクラヴィーア(鍵盤楽器)を意識していたようで、音の質感をチェンバロでもオルガンでもないまさにピアノに求めていたに違いありません。

アンデルジェフスキはバッハのこの求めに応えて非常に古典的ピアノの響きを作り上げていました。

バッハのピアノというとすぐにグールドを思い出してしまいますが、アンデルジェフスキのバッハ音楽への探究心は今後グールドと比肩し、更に熟成していくのではないかと思わせた演奏でした。
posted by クラシックマ at 10:09| Comment(1) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「クラシック倶楽部を楽しむ」開設のご挨拶

この度、「クラシック倶楽部を楽しむ」というブログを開設いたしましたクラシックマです。

NHKテレビのBShiで放送されているクラシック倶楽部はどちらかというと地味な番組です。

でも、1時間弱の時間内にコンパクトに纏められていていろいろな演奏家に出会うことができるので素晴らしい番組だと思います。

クラシック倶楽部のファンの一人として、なかなか演奏会場で直接聞けないリサイタルなどを、テレビを媒体として聞きながらクラシック音楽を楽しもうと思い「クラシック倶楽部を楽しむ」というブログを開設しました。

クラシック音楽が好きなだけで、専門的に音楽や演奏家のことを研究しているわけではないのでどんな方向に展開するかわかりません。

クラシック倶楽部のファンの方がいらっしゃいましたらどうぞ気軽にお立ち寄りください。
posted by クラシックマ at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ開設のご挨拶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。