2008年05月27日

諏訪内晶子 ニコラ・アンゲリッシュ デュオ・リサイタル

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 5月20日放送分]

諏訪内晶子 ニコラ・アンゲリッシュ デュオ・リサイタル

(演奏曲目)

  バイオリン・ソナタ 変ロ長調 K.454 から ( モーツァルト作曲 )
      第1楽章, 第3楽章
  バイオリン・ソナタ ( ドビュッシー作曲 )
  バイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 作品108 ( ブラームス作曲 )

(演奏)

  バイオリン : 諏訪内 晶子
  ピアノ   : ニコラ・アンゲリッシュ

 [ 収録: 2008年4月10日, サントリーホール ]

[所感]

ごきげんよう。「クラシック倶楽部を楽しむ」のクラシックマです。

本日の「クラシック倶楽部」は、バイオリンの諏訪内晶子とピアノのニコラ・アンゲリッシュによるデュオ・コンサートです。

諏訪内晶子といえば、1990年に18歳の時、最年少でチャイコフスキー国際コンクールを制覇した後、センセーショナルなもてはやされ方を避けるかのように日本での演奏活動を約5年間休止し、アメリカやドイツで音楽への造詣を深め技術の更なる研鑽に向かい合うという姿勢で大事な時期を過ごしたことが印象に残っているところです。

また、ニコラ・アンゲリッシュはアメリカ生まれで諏訪内より2歳ほど年上ですが、フランスでの修行時期が長く、多くのオーディションを経たのち、現在室内楽奏者やソリストとして活躍中です。

諏訪内とアンゲリッシュは現在、フランスを拠点としてデュオを組んで演奏活動を広げているとのことですが、ともに若い時期に華々しく期待されていた二人が、30歳代半ばになってどのような音楽の世界を作り上げてくれるのかとても楽しみです。

まず、最初はモーツアルトのバイオリンソナタ第40番の演奏ですが、NHKの編集によって緩徐楽章である第2楽章がカットされてしまって、演奏者にとっては不幸なことです。

それでも、現在の諏訪内がモーツアルトをどのように演奏するのかは興味のあるところです。

聴いていると、やはり只者ではない素晴らしい演奏で、モーツアルトの音楽で物語を表現してしまうことが明らかになりました。

第1楽章では、荘厳なラルゴの序奏に続いて、少年が軽快なテンポで歩きながらあちこちに寄り道をして、時には道端に飛んでいる蝶を追いかけたりしているような情景が浮かび上がってきました。

また、第3楽章では、まだ若い恋人たちが二人で楽しそうにおしゃべりをしている様子がバイオリンとピアノによって機微に表現されていて、フラゴナールの絵になってしまいそうでした。

諏訪内がモーツアルトをこんなふうに演奏して聴かせてくれるなんて、素晴らしいバイオリニストに成長しているのだなと感じてしまいました。

第2楽章が聴けなかったのは本当に残念です。

次は、ドビュッシーのバイオリン・ソナタです。

ドビュッシーが死の前年の1917年に作曲した全創作の最後の作品となったバイオリン・ソナタということですが、重い病の中にあって書かれた作品だけあって作曲者の苦悩のようなものが滲み出ているようです。

第1曲:アレグロ・ヴィーヴォでは、重苦しいピアノの旋律が響き、バイオリンもG線でグリッサンドを使い病の中にいるドビュッシーのうめき声が聞こえるようです。

また、いきなりバイオリンがE線に飛び、その旋律は悲痛な叫び声を表現しているようです。

病の中でドビュッシーの苦痛な闘病生活が浮き出てくるように感じました。

第2曲:間奏曲では、何かを思い出したように急にゴソゴソと譜面の山から探し物を始めます。

途中で譜面の間に挟まっていた懐かしい友人からの手紙を見つけて、しばらくは探し物の手を休め感慨に耽っています。

また、探し物を始めて「あぁ、これだ。これを何とかしなくちゃ。」と書きかけの譜面を手にします。

第3曲:終曲では、作りかけの作品を仕上げようと、病の肉体に鞭打ってがむしゃらに創作を続けますが、疲労が重なり途中で休み休みしながら、やっと作品を完成させて終わりを迎えます。

ドビュッシーの最後の作品という先入観からか、本来のドビュッシーの紗がかった風景描写はあまり感じられず、諏訪内とアンゲリッシュの演奏は妙に説得力を持っていて上記のように聴こえてしまいました。

最後は、ブラームスのバイオリン・ソナタ第3番です。

この曲は、ブラームスが50歳代半ばの1888年に作曲されたもので、ブラームスの周りでは多くの親友が亡くなっていて、内省的な性格のブラームスがより一層暗さを増してくる時期に当たる頃の作品となっています。

ですから、バイオリン・ソナタ第3番はこれらの逝ってしまった友人たちに対する鎮魂歌のように聴こえてきます。

第1楽章:多くの友人を失った故に、ブラームスの複雑な心の葛藤と憂鬱さを表す旋律が響き渡ります。

第2楽章:バイオリンのG線が奏でる心を癒すような旋律は、友人たちの死に対する追悼を表しているのではないでしょうか。

第3楽章:棺が運ばれて墓地でお葬式を行っているような情景描写が浮かびます。

第4楽章:友人たちの魂に神の栄光あれ、天が裂けて魂は昇り、天上の安らかな世界に導かれよ、という鎮魂の旋律が流れて曲は終わります。

ブラームスの演奏においても、諏訪内は本当に語り上手で、聴く者の心の奥深くに話しかけるように演奏を続けました。

デビューから15年余を経た諏訪内の演奏を3曲聴いてきましたが、聴いている側に様々な物語を感じさせてしまう説得力のある演奏法には驚くべきものがありました。

これは諏訪内が若い時代の国内演奏を封印した意味の答えなのかもしれません。

本日の「クラシック倶楽部」では、バイオリンの諏訪内晶子とピアノのニコラ・アンゲリッシュのデュオ・アンサンブルによって、音楽を媒体としていろいろな物語を聴くという素晴らしい体験を楽しめたと思います。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
posted by クラシックマ at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月26日

ジュリアン・ラクリン イタマール・ゴラン リサイタル

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 5月19日放送分]

ジュリアン・ラクリン イタマール・ゴラン リサイタル

(演奏曲目)

  四つのロマンチックな小品 作品75 ( ドボルザーク作曲 )
  バイオリン・ソナタ 第3番 ハ短調 作品45 ( グリーグ作曲 )
  序奏とロンド・カプリチオーソ ( サン・サーンス作曲 )

(演奏)

  バイオリン : ジュリアン・ラクリン
  ピアノ   : イタマール・ゴラン

 [ 収録: 2008年3月17日, 紀尾井ホール ]

[所感]

ごきげんよう。「クラシック倶楽部を楽しむ」のクラシックマです。

本日の「クラシック倶楽部」は、バイオリンのジュリアン・ラクリンとピアノのイタマール・ゴランによるデュオ・コンサートです。

ラクリンとゴランは同じリトアニア出身ということです。

バイオリンのラクリンについては、すでに10歳のころから神童として演奏活動を始めたといいますからオーディションなどには関係なくこの世界にバイオリニストとして認められてきたという経歴を持っています。

また、ゴランも7歳の時にピアノリサイタルを始めて、その後いろいろな指揮者や演奏家と共に音楽活動をしてきたという、これまたオーディションに関係なく自らの天分によって今日の地位を築き上げてきた経歴の持ち主といえます。

年齢的にも、ラクリンが1974年生まれ、またゴランは1970年生まれということですから二人とも30歳代中ごろのまさに働き盛りということができます。

このように、ある意味で音楽経験に共通性を持った個性的な二人が揃ったのですから、アンサンブルとしては非常に興味深いものとなっていました。

まず、ドボルザークの「四つのロマンチックな小品」です。

ラクリンとゴランは、4曲の曲想が全く違って聴こえてくるように見事に演奏してくれました。

これはドボルザークが作曲したときにそのように意識して作っていたのかも知れませんが、第1曲目はカノン風の旋律で(祈り)、第2曲目は民族舞曲風な旋律で(踊り)、第3曲目はメンデルスゾーンのようにロマンティックな旋律で(愛情)、そして第4曲目はベートーベンのような幻想的な旋律で(瞑想)、演奏表現されていて、ラクリンとゴランの音楽性の高さには驚いてしまいました。

また特徴的なことは、バイオリンとピアノが常に対等であり、ラクリンもゴランも主従関係にないと考えて音楽づくりをしていたところではないでしょうか。

このことは、次に演奏されたグリーグの「バイオリン・ソナタ第3番」でもはっきり表れていました。

たまたま、「バイオリン・ソナタ」という言葉が使われているだけで、本来は「バイオリンとピアノのための二重奏曲」というのが正しいと主張していたような迫力のある演奏でした。

グリーグの民族主義的な旋律が現れる第1楽章の冒頭は、激しい感情でピアノとバイオリンがぶつかり合うように聴こえ、思わず息をのむ思いでした。

第2楽章に入ると、ピアノから水面に水滴の落ちるような導入旋律が流れ、バイオリンが静かな清流の情景を奏でるという絶妙な音のやり取りが行われます。

そして、第3楽章はノルウエーの森で営まれるお祭りの場面に聴く者も一緒に加わったような気分の中で、バイオリンとピアノが調和と主張を繰り返して終わります。

ラクリンとゴランの演奏は、まさに音の世界の中で戦いをしていたように感じました。

それでいて、素晴らしいアンサンブルに仕上がっていたということは、二人の技術的完成度と音楽性が優れているということを物語っていたのではないでしょうか。

最後に、アンコールだと思いますが、サン・サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」が演奏されました。

この曲のこんなに面白く楽しい演奏にはなかなかお目にかかれないと思います。

自由自在に動くテンポ、息のぴったり合ったメリハリのつけ方、旋律の見事な受け渡しなど、とても興奮しながら聴くことができました。

少々、ゴランのピアノは、はしゃぎすぎかなと思われるくらいでしたが・・・。

本日の「クラシック倶楽部」では、ジュリアン・ラクリンとイタマール・ゴランという素晴らしい天分に恵まれた二人によるデュオ・コンサートを聴きましたが、非常に個性の強い二人のアーティストが音の世界の中で戦いを繰り広げるようなダイナミックな演奏を楽しめたと思います。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
posted by クラシックマ at 01:30| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月23日

「クラシック倶楽部を楽しむ」回顧2

しばらくのご無沙汰でした。クラシックマです。

遠く離れていても、いつも意識していて自分の人生と何がしかの関わりを感じているというような人、たとえば、両親、兄弟、恋人、親友、恩師などは誰にでもいるのではないかと思います。

私、クラシックマにも遠く離れてはいるけれど、いつも身近に感じていた大切な人がおりましたが、何の前兆もなく突然亡くなってしまいました。

常に前向きで積極的な人で、若い時に大学へ行けなかったと言って、放送大学で学び卒業を果たし、書道を始めれば師範にまで昇りつめ、近所の小中学生のために書道教室を開き、地域に根付いた活動をするという行動派でした。

葬儀に参列しましたが、泣きながら遺影に向かって掌を合わせている小中学生の姿を見て、改めて人は死んだ後に生前の生きざまを明らかにするものなのだと、深い感慨に陥ってしまいました。

遠くにいたため、時々電話で元気な声を聞くくらいで、もっと話をしておきたかったという悔恨の念に駆られています。

この十日ばかりは、とても悲しくて放心状態だったため、音楽は聴くのですがそれを文章にするという気力がなかったのです。

でも、私、クラシックマも前向きで積極的な生き方をしなさい、と故人に語りかけられているようで、少しずつ気力を取り戻しつつあるように感じています。

時が経つというのは萎えた心の回復には最も良い薬なのかもしれません。

このような状態の中でも「クラシック倶楽部」を聴くことはありましたが、5月14日に放送された「タリス・スコラーズ演奏会」ではルネッサンス時代の教会音楽で美しいアカペラの旋律が終始流れて、心を浄化してくれるようでした。

また、翌日の西宮・夙川カトリック教会における「バロック・アンサンブルの響き」では、ヘンデルの「メサイア」やバッハの「イエスはわが喜び」などが演奏され、悲しい気持ちを勇気づけられるような感覚を覚えました。

宗教的な立場はどうであれ、教会音楽というのは何世紀も前から凄いパワーを人々に与え続けてきているということを実感しました。

本日は「回顧2」というタイトルで始めましたが、私、クラシックマの身辺の出来事に終始してしまって申し訳ありません。

このブログを始めて3か月余になりましたが、本当にたくさんのアーティストと出会うことができました。

そして、多くのアーティストたちが厳しいオーディションに挑んで、栄光の座に立ち、そこを起点としてデビューし、音楽界で認められるように研鑽を積んでいく姿を見てきたような気がします。

また、このようなアーティストが10年、20年と演奏活動を続け、作曲家やその作品に対する理解を深めて、円熟期に達した演奏の素晴らしさにも触れることができました。

特に印象的だったのは、ピアニストではショパンのバラードを第1番から第4番まで聴衆の拍手を静止して弾き続け、自分の人生と重ね合わせるように聴かせてくれたウラディーミル・フェルツマンの演奏ではなかったかと思います。

また、小山実稚恵がスクリャービンという作曲家を取り上げて、その前半生と後半生の作風の変貌について見事に演奏表現によって説明してくれたことも印象深いものでした。

3か月間の後半では、特に円熟期に達したピアニストが取り上げられることが多く、ジャン・マルク・ルイサダの作曲家の作品を越えて自分の世界を作り出す演奏や、野平一郎がヤマハのコンサートピアノで“魂の入ったピアノの音色”を聴かせてくれた演奏、また仲道郁代が自ら口ずさみながら楽しく聴かせてくれたエロイカ変奏曲など、ここには書き切れないほど個性的で音楽性に富んだ円熟期のアーティストが登場しました。

一方、若手のピアニストでは、アリス・紗良・オットが異色で、恐るべき天分を持った演奏を聴かせ、これからもっと音楽体験を積んでいって成長するアーティストの一人であると感じさせました。

なおこの間、バイオリニストはあまり取り上げられなかったのですが、ギル・シャハムはモーツアルトのバイオリン・ソナタを1曲演奏しただけで聴衆を虜にしてしまうような深い音楽性を持っていたように思います。

また、若手バイオリニストでは前半にも登場したアリーナ・イブラギモヴァがバッハの無伴奏バイオリン・パルティータ第2番を現代弓を使いながら、あたかもバロック弓のように弦に弓を密着させて弾き通したテクニックの凄さが印象に残っています。

アンサンブルもたくさん取り上げられていて、どれも楽しい演奏を聴かせてくれましたが、ハーピストの吉野直子が企画したハープ五重奏の世界は、素晴らしい物語を表現していたアンサンブルだったと思います。

また、フルートの名手ウォルフガング・シュルツの率いるウィーン・フィルハーモニア弦楽三重奏団やトランペットの名手イーゴリ・シャラポフを中心としたロシアン・ブラスの演奏は、まさに名人芸がそこにあって驚かされるとともに非常に楽しいアンサンブルでした。

このように書いていくとキリはありませんが、NHKの「クラシック倶楽部」はわずか1時間弱という時間制限の中で、視聴者に多くの音楽体験を与えている番組だと改めて感じてしまいます。

私、クラシックマは落ち込んだ気持から立ち直って、これからも素晴らしいアーティストとの出会いを楽しみながら、また「クラシック倶楽部を楽しむ」という拙いブログを書き続けていきたいと思っています。

このブログにお立ち寄りいただく皆さん、本当にありがとうございます。そして、今後ともよろしくお願いいたします。

                     管理人 クラシックマ
posted by クラシックマ at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 回顧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月09日

ウォルフガング・シュルツ & イーゴリ・シャラポフ

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月30日放送分]

<プログラム1>

ウォルフガング・シュルツ &  ウィーン・フィルハーモニア弦楽三重奏団

(演奏曲目)
  1. 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」 K.527 から ( モーツァルト作曲 /ウェント編曲 )
     序曲
     カタログの歌「奥さん、これが恋人のカタログ」
     「お手をどうぞ」
     「ぶってよマゼット」
     酒の歌「みんな楽しくお酒を飲んで」
 2. フルート四重奏曲 ト長調 K.285a から( モーツァルト作曲 )
     第2楽章

(演奏)
  フルート : ウォルフガング・シュルツ
  ウィーン・フィルハーモニア弦楽三重奏団
    バイオリン : ペーター・ウェヒター
    ビオラ : トビアス・リー
    チェロ : タマーシュ・ヴァルガ

  [ 収録: 2004年6月4日, トッパンホール ]

<プログラム2>

ロシアン・ブラス

(演奏曲目)
  1. 歌劇「ルスランとリュドミーラ」 序曲 ( グリンカ作曲 /イワノフ編曲 )
  2. バレエ音楽「くるみ割り人形」 から ( チャイコフスキー作曲 /オスコルコフ編曲 )
     “行進曲”
     “アラビアの踊り”
     “中国の踊り”
     “トレパーク (ロシアの踊り)”
  3. 「はげ山の一夜」 ( ムソルグスキー作曲 /ポージン編曲 )
  4. 歌劇「椿姫」 から ( ヴェルディ作曲 )
     “花から花へ”

(演奏)
  ロシアン・ブラス
    トランペット : イーゴリ・シャラポフ
    トランペット : アレクセイ・ベリャーエフ
    ホルン : イーゴリ・カールゾフ
    トロンボーン : マキシム・イグナティエフ
    チューバ : ヴァレンティン・アヴァクーモフ

  [ 収録: 2004年9月30日, 東京・紀尾井ホール ]

[所感]

ごきげんよう。「クラシック倶楽部を楽しむ」のクラシックマです。

本日の「クラシック倶楽部」は、アラカルトで、“ウォルフガング・シュルツ&ウィーン・フィルハーモニア弦楽三重奏団”と“ロシアン・ブラス”の演奏の2本立てです。

まず、<プログラム1>のウォルフガング・シュルツ&ウィーン・フィルハーモニア弦楽三重奏団の演奏ですが、ここでは「ウォルフガング・シュルツのフルートの名人芸を堪能した。」の一言に尽きるのではないでしょうか。

それにしても、18世紀の宮廷貴族たちは音楽の楽しみ方を本当によく知っていたものだと感心してしまいました。

多分、18世紀にもシュルツのようなフルートの名手がいて、宮廷では人気が高かったのではないでしょうか。

そこに目をつけた宮廷音楽師の中から、編曲者ウェントのような人物が出てきて、これまた人気の高いモーツアルトの歌劇を、フルートのための室内楽曲に編曲してしまうという芸当をやってのけたというのですから驚いてしまいます。

宮廷貴族あっての宮廷音楽師という背景を考えると理解はできますが、才能とそれによって生活ができる人々の喜怒哀楽が見え隠れしていて面白いと思います。

さて、シュルツですが、フルートが出せるであろうあらゆる音色と音質・音量を変幻自在に、まるで音の手品師のように次から次へと演奏して聴かせてくれました。

また、バックに回ったウィーン・フィルハーモニア弦楽三重奏団は、シュルツの熱演に応えるように、チェロのタマーシュ・ヴァルガが「奥さん、これが恋人のカタログですよ」と慇懃丁寧に説明したり、ビオラのトビアス・リーが「お手をどうぞ」と甘い音色で誘いかけたりする様子が見事に演奏効果として表れていました。

シュルツは1946年生まれと紹介されていましたので、この演奏のときには57歳くらいになっていたと思われますので、木管楽器奏者の年齢としては円熟期の後半あたりになるのでしょうか、パワーとテクニックには衰えを感じさせませんでした。

とにかく、ウォルフガング・シュルツはフルート奏者のなかでは当代の名手の一人として挙げられることは間違いないでしょう。

次は、<プログラム2>のロシアン・ブラスの演奏です。

ロシアン・ブラスは、1996年にサンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団のブラスメンバーによって演奏活動が始められたと紹介されていましたが、本当にメンバーの一人一人が芸達者でびっくりしてしまいました。

中でも、トランペットのイーゴリ・シャラポフの演奏は絶妙で、時々ピッコロ・トランペットに持ち換えながらの演奏に、よくもここまで吹けるものだ、とただ聴き入るばかりでした。

もう一人のトランペット奏者のアレクセイ・ベリャーエフはシャラポフより大分若いようですが、偉大な先輩シャラポフに続かんとばかりに、やはり凄いテクニシャンなのです。

ベリャーエフが「はげ山の一夜」で夜明けを告げる鐘の音を吹いたのですが、それは全くトランペットではなく、まさに“鐘”の音に聞こえたのには驚きました。

美男のベリャーエフですから、ソリストとして演奏活動すればきっとファンが沢山つくタイプのように思います。

また、ホルンのイーゴリ・カールゾフとトロンボーンのマキシム・イグナティエフが「くるみ割り」のアラビアの踊りで奏でる不思議な和音の主旋律は、異国情緒に溢れていて引き込まれてしまいました。

カールゾフもイグナティエフも演奏の難しい楽器を吹いているという感覚ではなく、ハーモニーの中低部を気持ち良く歌っているようでした。

そして、このアンサンブルを下支えしているチューバのヴァレンティン・アヴァクーモフは、自然でとても美しい音色を聴かせていました。

このブログでは、アート・オブ・ブラス・ウイーンとマイリンスキー・ブラス・アンサンブルを取り上げたことがありますが、低音部の下支えということからすると、アヴァクーモフのチューバが最も優れていたのではないかと思います。

ロシアン・ブラスの5人の達人たちは、最後の「椿姫」でとうとう本性を現します。

シャラポフがあの巨体に赤いドレスをつけて、ピッコロ・トランペットを持って登場すると、チューバのアヴァクーモフが歩み寄って愛の告白をします。

そして最後には、椿姫ならぬシャラポフの周りに他の4人の奏者がひざまずいて演奏が終わる、という趣向で会場を沸かせました。

結局、真面目な顔をして演奏していたロシアン・ブラスのメンバーたちは、あれだけのテクニックで難しいことをやって聴かせながら、自分たちはまだ余裕で楽しんでいたということでしょうか。

クラシック音楽という世界で、ソリストたちの厳しい演奏が多い日常ですが、ロシアン・ブラスは本当に楽しくリラックスした時間を作ってくれたような気がしました。

本日の「クラシック倶楽部」では、フルートの手品師ウォルフガング・シュルツと、トランペットの道化師イーゴリ・シャラポフの2人の名手を中心としたアンサンブルの演奏を聴きましたが、完璧なテクニックというのはさらにその上に余裕というおまけがついていて、それで聴衆が楽しむことができるのだということが分かったようなひと時でした。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
posted by クラシックマ at 15:41| Comment(1) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月07日

ギル・シャハム & イザベル・ファウスト

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月29日放送分]

ギル・シャハム & イザベル・ファウスト

<プログラム1>

  バイオリン ギル・シャハム
  ピアノ   江口 玲

(演奏曲目)

  モーツアルト バイオリン・ソナタ ニ長調 K.306

(会場)

  紀尾井ホール
  (2007年5月25日収録)

<プログラム2>

  バイオリン イザベル・ファウスト
  ピアノ   ジルケ・アーヴェンハウス

(演奏曲目)

  フランク バイオリン・ソナタ イ長調

(会場)

  王子ホール
  (2007年11月12日収録)

[所感]

ごきげんよう。「クラシック倶楽部を楽しむ」のクラシックマです。

本日の「クラシック倶楽部」は、アラカルトで、ギル・シャハムとイザベル・ファウストの各バイオリン・リサイタルの2本立てです。

ギル・シャハムは1971年生まれ、イザベル・ファウストは1972年生まれ、と紹介されていましたから、両者ともにほぼ同年代で活躍するバイオリニストといえます。

2人のプロフィールを見ていると、ギル・シャハムはイスラエル国内で早くから頭角を現し、オーディションを経ることなく才能が認められ、10歳のときにはイスラエル・フィルハーモニー等とすでに共演してデビューを果たしているとのことです。

その後、アメリカに活躍の場を広げると共に研鑽を積み、音楽以外の分野でも幅広い教養を身につけて、今日、演奏家として確固たる地位を築いているというどちらかというと天才型のタイプのように思います。

また、イザベル・ファウストは音楽の殿堂ドイツを基盤として、15歳の時にレオポルト・モーツアルト国際コンクール、21歳でパガニーニ国際コンクールをそれぞれ制覇するという輝かしいオーディション歴を持っており、いわば、オーディションを足掛かりにして演奏家として認められて、現代の寵児的道のりを歩んできたように思います。

さて、最初に、ギル・シャハムがモーツアルトのバイオリン・ソナタ第30番を演奏します。

この曲は、モーツアルトがバイオリンソナタに対して “バイオリン伴奏付きピアノ・ソナタ”という概念を打ち破り、“ピアノとバイオリンのための二重奏曲”という発想の転換を図った時期で1778年に作られたというようなテロップが流れました。

そんな事を考えながら聴くと、確かにこのバイオリン・ソナタは、主役がバイオリンと言いきれないところがまだあるように思えました。

それは曲全体を通してみると、ピアノがモーツアルトの旋律を弾いていき、バイオリンが引っ張られているように感じるところがあるからではないでしょうか。

しかし、それだけで終わらせなかったというのが天才バイオリニスト、シャハムの凄いところではないでしょうか。

シャハムは、モーツアルトが創作時に意図していた“二重奏”という論理的解釈を、自らのバイオリンで演奏して見せてくれたような気がします。

ピアノに絡むバイオリンの旋律が、シャハムによって生き生きと浮き立っていて、「あっ、これは確かにモーツアルトのバイオリン!」と聴く者を納得させてしまうようでした。

どちらかというと、バイオリンにとっては表現力を発揮するのが難しいモーツアルトの作品でしたが、第3楽章のカデンツアなどでは、シャハムは「モーツアルトはこんなに楽しいバイオリン曲も作っているよ!」と言って歌っているようでした。

江口玲のピアノもまた、シャハムのバイオリンに劣らず豊かに歌っており、この二人の演奏はピアノをオーケストラに見立てて、バイオリン・コンチェルトのように思えるほど素晴らしい構成づくりをしていたと思います。

シャハムと江口は本当に息の合ったアンサンブルを作り上げていると感じてしまいました。

また、シャハムはモーツアルトのバイオリン・ソナタを1曲演奏しただけなのに、聴く者をシャハムのバイオリンの虜にしてしまうような技量と深い音楽性を持っている演奏家であることが明らかにされたような気がしました。

次は、イザベル・ファウストがフランクのバイオリン・ソナタを演奏します。

フランクのバイオリン・ソナタは、フランクが64歳のときの1886年に作曲されたとテロップで紹介されていましたが、前述のモーツアルトのバイオリン・ソナタが1778年(22歳の時)に作曲された時から100年以上も後のことになります。

音楽の聴くということは、100年スパンで知らないうちに時空を飛び越している、ということに気がついて面白いものだと思いました。

ですから、ファウストの演奏するフランクのバイオリン・ソナタは、やっと形の出来上がったモーツアルトのバイオリンソナタよりは、困難な演奏法や音楽性が要求されるのは当然でしょう。

ところが、フランクのバイオリンソナタを聴いていると、第1楽章の第2主題にみられるようにピアノの役割が極めて重要で、必ずしもバイオリンが主役の作品ではないように感じるところがありました。

不思議なことに、前述のモーツアルトが“ピアノとバイオリンのための二重奏”と言ったことと共通性を感じてしまいます。

ファウストのバイオリンは、ジルケ・アーヴェンハウスのピアノと絶妙に絡み合いながらモーツアルトから100年余を経た作曲家フランクの思いに深く入り込んで、この音色でなければならないというような旋律を作り上げていきます。

第3楽章のピアノの憂鬱な導入旋律に続く、バイオリンのカデンツアは会場をファウストの世界に誘い込んでしまうようです。

第4楽章では、すべての不安定さから解き放たれたような輝かしいロンド形式の旋律を、ファウストのバイオリンとアーヴェンハウスのピアノがダイナミックに演奏していましたが、やはりファウストのバイオリンには華があり、聴かせどころをしっかりと心得ているように思いました。

ファウストのフランクを聴いて、テクニックの正確なことと作品に対する思い込みの深さの素晴らしさに感心しましたが、フランクは私にとっては分かりずらい曲でしたので、ファウストの別の曲目の演奏をまた聴いてみたいと思いました。

本日の「クラシック倶楽部」では、ギル・シャハムとイザベル・ファウストの100年余という時空を経た2つのバイオリン・ソナタの演奏を聴きましたが、どこか共通した曲想があり、とても面白く思えました。

また、どちらのバイオリン・ソナタも江口玲とジルケ・アーヴェンハウスという2人の素晴らしいピアニストと共に成り立っていた演奏だったと思います。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
posted by クラシックマ at 02:16| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月04日

仲道郁代 ピアノ・リサイタル

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月28日放送分]

仲道 郁代 ピアノ・リサイタル

(演奏曲目)

  ベートーベン エロイカ変奏曲 作品35

(会場)

  紀尾井ホール
  (2006年11月5日収録)

[所感]

ごきげんよう。支配人のクラシックマです。

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、「クラシック倶楽部」のアラカルトから仲道郁代のピアノ・リサイタルを取り上げます。

この日放送されたのは、ベートーベンのエロイカ変奏曲1曲のみです。

エロイカ変奏曲は、わずか12小節しかない第1主題と第2主題の旋律をあれこれ15変奏にして、それを導入部と終曲で挟むという構成的には一見単純ではあるものの、ベートーベンの創作の妙味というものが良く表れた作品であると思います。

仲道の演奏は本当に久しぶりに聴くことになったのですが、この放送が収録された2006年は仲道が演奏活動を始めて20周年ということで、各地で記念コンサートを開催していた時期だったようです。

11月5日の紀尾井ホールでは、このほかにどんな作品が演奏されたのか分かりませんが、仲道郁代ダイアリーに書かれていることを紹介させていただきます。

******************

11月5日
紀尾井ホール20周年記念コンサート

今の私の集大成ともいえる、ベートーヴェンプログラム。

満席のお客様、応援してくださったかたがた、

これまでお世話になったかたがたへの感謝の思いとともにあるコンサートだ。

ハンマークラヴィアは、冒険ではあったけど、

この場で、最後のフーガ指定とおりの144で弾きたいと思い、それで、決行する。

最後のフーガは、実演は別にして、ベートーヴェンの頭の中では、

絶対あのテンポで鳴っていたと思うから、あと、20年たったら、

そのテンポでは、私は弾けなくなると思ったから。

ハンマークラヴィアについては、全楽章、私なりの解釈、思いがとても沢山あって、

それを生きた形で演奏したかった。

今日のこの日、この演奏については、もちろん、細かなことをいえば、いろいろあるけれど、

私としては、今の私の全てであり、現実と、そうでない世界のキワに身をおく事が出来た、

貴重な、大事な、忘れることの出来ない演奏会となった。

皆様、本当にありがとうございました。

*****************

日記にあるように、この時期の仲道はベートーベンのピアノ・ソナタ全集のCD製作に取り組むなど、ベートーベンの研究に没頭していたようです。

この日には、“ハンマークラヴィア”のフーガをテンポ114で演奏した様子が記されていますので、相当に気迫のこもった演奏内容だったのではないかと推し量られます。

このような状況を考えると、放送されたエロイカ変奏曲がとても変化に富んでいて楽しい演奏になっていたことに頷けるような気がします。

仲道郁代のベートーベンは、眉間にしわ寄せて聴くものでは決してありません。

とても機知に溢れていて、聴いていると心からワクワクしてしまうような楽しい演奏なのです。

演奏者にとっては極めて難しい要求をしているであろう作曲者ベートーベンに対して、仲道は堂々と「私はこう思うの!」と言って、聴く者が分かりやすく聴けるように橋渡しをしてくれるから、ベートーベンの音楽が楽しくなるのだと思います。

久しぶりに聴いた仲道の演奏でしたが、「えっ、ベートーベンの音楽はこんなに楽しいの!」と思わず叫んでしまいそうなウィットに溢れた素敵な演奏でした。

仲道が、ピアノの旋律と一緒に歌っていた姿と、使用されていたピアノの音色がとても印象的でした。

本日の「クラシック倶楽部」は、仲道郁代のベートーベン作品の演奏によって、楽しいベートーベンの音楽に接することができ、清々しいひと時が過ごせました。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
posted by クラシックマ at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月03日

アリス・紗良・オット ピアノ・リサイタル

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月25日放送分]

アリス・紗良・オット ピアノ・リサイタル

(演奏曲目)

  シューマン ロマンス 第2番 嬰ヘ長調 作品28 第2
  ベートーベン ロンド・ア・カプリッチョ「なくした小銭への怒り」作品129
  リスト ハンガリー狂詩曲 第2番 嬰ハ短調
  リスト 慰め 第3番 変ニ長調

(会場)

  三鷹市芸術文化センター 風のホール
  (2006年11月22日収録)

[所感]

皆さんお変わりありませんか。支配人のクラシックマです。

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、「クラシック倶楽部」のアラカルトからアリス・紗良・オットのピアノ・リサイタルを取り上げます。

アリス・紗良・オットは1988年生まれといいますから、このリサイタルのときには18歳になるかどうかというところです。

テロップでは4歳のころから演奏会を開催していたというような紹介がありましたので、驚くべき天分を持ってこの世に現れたとしか言いようがありません。

日本でデビューしたのは2004年(16歳)で、中村紘子の招きによって実現したそうです。

本日、オットが演奏する曲はいずれも小品ながら、シューマン、ベートーベン及びリストと多彩です。

さて、オットが舞台に登場します。

朱色のドレスを着て、黒髪が胸のあたりまで長く、まさに美形のピアニストです。

まず1曲目のシューマンのロマンス作品28−2を演奏し始めます。

オットは、全体的に音の強さを抑えながら恋人同士が静かに優しく会話をしているような旋律で歌います。

演奏者のオットが18歳の乙女ということを忘れさせるような大人のロマンスです。

シューマンが云々というのではなく、オットが心の中に自分で描いた絵や創作した物語をそのまま音楽に乗せて演奏しているように思えました。

2曲目のベートーベンのロンド・ア・カプリッチョも同じで、曲の副題が表わす「なくした小銭への怒り」を客観的に見て面白がっているのではなく、オット自身が当事者で「何で見つからないのだろう!」とイライラしているように演奏していて、とても共感を覚えました。

しかし、何と言ってもオットの聴かせどころは3曲目のリストのハンガリー狂詩曲第2番ではなかったかと思います。

かつて、超絶技巧のリストの曲を演奏するジョルジ・シフラに対して「指が何本あってどのように動いているのか視覚でとらえるのは難しい。」という論評があったそうですが、オットの演奏もしかりで、超高速撮影でもしない限りオットの指が何本あるのか分からないくらい凄い演奏ではなかったでしょうか。

フォルテッシモのところになると、椅子の上で飛び跳ねてしまいそうに激しく全身を使って演奏する姿はピアノと格闘をしているようでした。

それでいて、曲想が変わって次のフレーズに移るところなど、滑らかな音のつながりで進行して、本当に美しく聴かせてしまいます。

美形のオットですが、極めて挑戦的で、攻撃的でもあり、若々しさに溢れていてとても気持ちの良い演奏ではなかったかと思います。

アンコールに、リストの「慰め」第3番を演奏しましたが、自分に言い聞かせるような演奏で、聴衆を自分の世界に引き込むような魅力がありました。

さて、アリス・紗良・オットが18歳にして、こんなにも素晴らしい演奏を聴かせてくれたので、これから彼女に何を望めば良いのでしょうか。

本日はすべてが小品の演奏でしたので、機会があれば協奏曲などの大曲を聴いてみたいと思います。

また、今の彼女はどちらかというと自由奔放ですので、一歩引いて客観的に作品を見るという余裕がないように感じました。

さらに良い指導を受け研鑽を積みながら、自分の描いた絵や創作した物語に、文化や歴史的な背景を付け加えていくともっと音楽性が高まるのではないでしょうか。

最後に、彼女には、もうこれ以上のオーディション体験は必要ないのではないかと考えさせられてしまいました。

本日の「クラシック倶楽部」は、アリス・紗良・オットのピアノの天才的な演奏に思わず感動してしまったとともに、このように素直な演奏家が素晴らしい音楽体験を積んで、まっすぐに伸びていってほしいと感じました。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
posted by クラシックマ at 03:04| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月02日

グザヴィエ・ド・メストレ ハープ・リサイタル

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月24日放送分]

グザヴィエ・ド・メストレ ハープ・リサイタル

(演奏曲目)

  パリシュ・アルヴァーズ 幻想曲 作品82
  スメタナ 交響詩「モルダウ」(トルネチェク編)

(会場)

  王子ホール
  (2006年6月22日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、「クラシック倶楽部」のアラカルトからグザヴィエ・ド・メストレのハープ・リサイタルを取り上げます。

ハープは、どちらかというと女性の楽器として似合うと思っていたのですが、メストレが舞台に登場しハープを前に演奏体制に入ると、本当にハープ奏者としてよくバランスのとれた風景を作り出します。

長身でギリシャ彫刻にあるような精悍な容貌をしたメストレは、それだけで絵になってしまうようです。

1曲目はパリシュ・アルヴァーズの幻想曲作品82を演奏します。

パリシュ・アルヴァーズは、19世紀前半に活躍した伝説的なハーピストで、”ハープのリスト”と言われるほどだったそうです。

幻想曲は楽章として分かれてはいませんが3部形式になっていて、第1部では序奏と宮廷風の荘厳な旋律が現れ、第2部ではワルツ風の旋律で舞踏的になり、第3部はすべてがハープのカデンツアのようにダイナミックに演奏されて終わります。

ハープの演奏については全く分かりませんが、ハーピストにとってはまさに超絶技巧的テクニックが要求される作品だったのではないでしょうか。

メストレは、ハープをこんなにも荒々しく弾いても大丈夫だろうかと思わせるほど、ダイナミックに演奏をする一方でピアニッシモの部分では繊細なハープの旋律がはっきりと伝わってくるように丁寧に演奏していました。

これほどまでにハープのダイナミックな演奏を今まで聴いたことがありませんでしたので、メストレのハープにはすっかり感動してしまいました。

2曲目は、スメタナの「モルダウ」でしたが、メストレのハープはこの曲でも、モルダウ川の静かな流れから、滔々とした流れまでを、グリッサンドやハーモニクスを使い分けながら弾き分け、全体的にはダイナミックに演奏していました。

メストレの演奏によってハープの音色を聴いていると、本当に多彩で美しいと改めて思い知りました。

演奏者に男女の別を付けるわけではありませんが、やはりメストレの演奏は男性的に伝わってきたハープの音色ではなかったかと思います。

日本のハーピストにも、もっといろいろな演奏曲目を発掘して、ソロ・リサイタルの機会を増やしていただきたいと感じました。

本日の「クラシック倶楽部」は、グザヴィエ・ド・メストレのハープのダイナミックな演奏に思わず感動して素晴らしい体験をしました。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
posted by クラシックマ at 02:56| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月01日

アブデル・ラハマン・エル・バシャ ピアノ・リサイタル

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月23日放送分]

アブデル・ラハマン・エル・バシャ ピアノ・リサイタル

(演奏曲目)

  ラヴェル 「鏡」
  ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」作品33
  エル・バシャ レバノンの歌

(会場)

  東京文化会館 小ホール
 (2007年4月12日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、アブデル・ラハマン・エル・バシャのピアノ・リサイタルです。

エル・バシャは1978年にエリザベート王妃国際コンクールで優勝したときには19歳という若さだったそうです。

今の若者たちですと、オーディションで優勝をすればすぐにスポンサーがつき、プロダクションや後援会がお膳立てをして世界中を駆け回り、華やかなデビュー演奏会に明け暮れるところですが、エル・バシャは優勝後も音楽研究と演奏曲目を広げることに時間を費やし、音楽家としての造詣をさらに深めていったということです。

現在50歳にさしかかろうとしているエル・バシャの凄さというのは、大事な時を自分の音楽性を育てる時として費やしたところにあるのではないでしょうか。

また、エル・バシャは若い時からフランスの文化にとても興味を持っていたといいます。

彼の音楽性はフランスで修業を積んだことにより、ある意味ではとてもフランス的です。

ですから、最初に演奏したラヴェルの「鏡」は本当に素晴らしいフランス派的なピアノの響きになっていたと思います。

エル・バシャは若くして大成を遂げたのち、自分の心の中でいろいろな情景描写をすることを学んだのだと思います。

ひょっとしたら、エル・バシャは絵筆をとっても優れた天分を持っているのかも知れません。

蛾〜悲しい鳥〜海原の小舟〜道化師の朝の歌〜鐘の谷、と演奏していくエル・バシャは、単に静止した絵画を描いて見せるのではなく、蛾は飛びまわり、鳥は力なく羽ばたき、海は荒れて小舟を木の葉のように揺らし、道化師はおどけて見せてスパニッシュな歌を歌っているように、動くシーンを見せてくれました。

最後は、谷間に響き渡る鐘の音と、静かに祈りを捧げる人々の姿を静止画のように演奏して終わりました。

エル・バシャのピアノは、まるで映画で情景を映して聴く者を自分の世界に誘い込んでいくような魔力を持っているのでしょう。

このことは、次のラフマニノフの練習曲集「音の絵」作品33でも同じでした。

1:ヘ短調〜2:ハ長調〜3:ハ短調〜4:ニ短調〜5:変ホ短調〜6:変ホ長調〜7:ト短調〜8:嬰ハ短調、という8曲の編集によって演奏されました。

エル・バシャは、ラフマニノフの「音の絵」に出てくる曲の一つずつに、自ら絵筆をとって絵を描いて行くように演奏していきます。

1曲目:短調らしくない勇壮な行進をしている人々を描いて「音の絵」の幕開け。

2曲目:絶えずきれいな水をたたえて流れる谷川。

3曲目:春が来て、冬眠から目覚めた動物たちが動き出す。

4曲目:ピエロの形をした人形がぎこちなく躍り出す。

5曲目:強い風に身を任せて飛び回る一枚の落ち葉。

6曲目:町の市場の活気と喧騒の中を歩き回る。

7曲目:夕暮れのひんやりとした風の吹く中を歩いて行く人影。

8曲目:工場の中で人々が働いている。

エル・バシャの演奏を聴いているとこのような風景が浮かんできました。

エル・バシャはピアノを演奏しながら自分でも歌を歌っているように見えて、その歌が曲の情景となって聴く者の心に浸透してくるように思えました。

自分でも作曲を手がけているのでとても語り上手なのです。

最後には、アンコールとして自作の「レバノンの歌」を演奏しましたが、中東的な旋律のとてもかわいらしい曲で、即興的に作られたものではないかと感じました。

エル・バシャは、19歳でタイトルを獲っても、すぐには忙しい演奏活動をせずに自分の音楽を高めることに専念したということですが、ある意味では完全主義者的な人間性を持っているのかも知れません。

視聴者はいつも自分勝手ですから、本日のなるほど、と納得してしまうようなエル・バシャの演奏を聴くと、どうしても19歳当時のエル・バシャの瑞々しい演奏にも思いを馳せてしまいました。

本日の「クラシック倶楽部」は、完成の域に達したアブデル・ラハマン・エル・バシャのピアノテクニックとその音楽性の素晴らしさに接して、絵を見るような音楽体験ができ、本当に楽しいひと時でした。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
posted by クラシックマ at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月30日

ヘンシェル弦楽四重奏団 & ライプチヒ弦楽四重奏団

[クラシック倶楽部を楽しむ] 本日のプログラム

[NHK BShi 4月22日放送分]

ヘンシェル弦楽四重奏団 & ライプチヒ弦楽四重奏団

<プログラム1>

  ヘンシェル弦楽四重奏団
    バイオリン クリストフ・ヘンシェル
    バイオリン マルクス・ヘンシェル
    ビオラ   モニカ・ヘンシェル・シュヴィント
    チェロ   マティアス・バイアー・カルツホイ

(演奏曲目)

  ハイドン 弦楽四重奏曲 ト短調 作品74 第3「騎手」

(会場)

  第一生命ホール
 (2007年11月21日収録)

<プログラム2>

  ライプチヒ弦楽四重奏団
    バイオリン アンドレアス・ザイデル
    バイオリン ティルマン・ビュニング
    ビオラ   イーヴォ・バウアー
    チェロ   マティアス・モースドルフ

(演奏曲目)

  ハイドン 弦楽四重奏曲 ニ長調 作品64 第5「ひばり」
  ドボルザーク 弦楽四重奏曲 ヘ長調 作品96「アメリカ」から
            第3楽章、第4楽章

(会場)

  トッパンホール
 (2007年11月4日収録)

[所感]

本日の「クラシック倶楽部を楽しむ」は、NHKの「クラシック倶楽部」のアラカルトから、ヘンシェル弦楽四重奏団とライプチヒ弦楽四重奏団の演奏を取り上げます。

プログラムの1と2を見ますと、どちらもハイドンの作品を演奏するので、2つのカルテットの特徴がはっきりと出てきそうな気がして興味が持てました。

ヘンシェル・カルテットもライプチヒ・カルテットもメンバーの構成では申し分のないところですから、どのようにアンサンブルに違いがあるのか聴いてみたいと思いました。

まず、ヘンシェル・カルテットが演奏するのは弦楽四重奏曲作品74第3の「騎手」です。

第1楽章は「騎手」を思わせる馬のギャロップのような旋律ですが、ヘンシェルの演奏は明るいのですが意外と線が細いハーモニーになっていました。

第2楽章は、馬が疲れて休んでいるような、周りの景色が全然動かないような旋律の連続で、馬ならずとも聴く者の眠りを誘います。

ヘンシェルの音色の軽さと、線の細さが一段と目立ち、作品が悪いのか演奏が悪いのか区別はつきかねますが、なんでこんなにつまらない退屈な曲なんだろう、と思ってしまいました。

第3楽章になっても、お決まりの3拍子のさえない旋律が何の変化もなく演奏されます。

ハイドンの作品を演奏するのは、モーツアルト以上に難しいのだということを思い知らされたように感じました。

第4楽章でテンポが上がり、馬の早足のような旋律が再現されますが、時すでに遅く、第1バイオリンが歯切れの悪い音階練習をやっているようでした。

ヘンシェル・カルテットは1988年に結成されて以来、数々のオーディションで素晴らしい実績を上げてきているユニットですから、こんな演奏はめったにしないのではないかと考えます。

ハイドンの作品を演奏して面白く聴かせることの難しさを目の当たりにしてしまったように思いました。

つぎは、ライプチヒ・カルテットが演奏する弦楽四重奏曲作品64第5の「ひばり」です。

第1楽章は「ひばり」が囀りまわるような旋律で始まりました。

ライプチヒは素晴らしくバランスのとれた音色を聴かしてくれました。

「これがハイドンの音か?」と言われると私にはよく分かりませんが、とにかくふくよかで厚みのあるアンサンブルなのです。

この前にヘンシェルを聴いてしまっているので余計にそのように思えたのかも知れません。

第2楽章になっても、第1バイオリンの奏でる旋律の音の輪郭がはっきりしていて本当に美しいのです。

もちろん下支えになる他の楽器も旋律に厚みを加えていきます。

第3楽章は3拍子のロンド風の旋律になりますが、ライプチヒはアクセントをつけながら楽しく聴かせました。

第4楽章になり速いパッセージが続きますが、第1バイオリンがここでも素晴らしいテクニックを見せます。

また、厚みのあるアンサンブルの音色は透明感を持っていて、ダイナミックなカルテットの演奏になっていました。

個人的な感想を言わせていただくなら、絶対にライプチヒ・カルテットのハイドンの方が好きですし、音楽的にも優れていたのではないかと思います。

しかし、これはあくまでもテレビというメディアを通しての比較でしかありません。

会場にいた聴衆のみなさんが直に聴いた演奏はきっと違っていたのではないかと思います。

その要素の一つとして、ヘンシェル・カルテットの楽器配置は、第1バイオリン〜第2バイオリン〜ビオラ〜チェロとなっており、NHKのマイク設定が3本で行われていました。

一方、ライプチヒ・カルテットの方は、第1バイオリン〜第2バイオリン〜チェロ〜ビオラという配置になっており、NHKのマイク設定は2本で行われていました。

ヘンシェルの3本のマイクというのは、ミキシングが複雑になり、2本のライプチヒより不自然さがあったのではないかと思います。

ヘンシェル・カルテットの線の細いハーモニーというのは、メディアに流れた音を作ったメカニズムの違いからきているのかも知れません。

本日の「クラシック倶楽部」では、ハイドンの作品は演奏が難しいということを教えられると共に、メディアを通して聴く音楽には限界があるのかも知れないと感じさせられました。

以上、「クラシック倶楽部を楽しむ」でした。
posted by クラシックマ at 09:02| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック倶楽部を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。